マイペース、事なかれ主義「ゆる夫」 敵は身内に
~ママ世代公募校長奮闘記(24) 山口照美
入学式の日、娘にスーツを着せて、自分もフォーマルスーツを着て先に出た。私は小学校の校長2年生、娘は新1年生。出られない私の代わりに、実家の母と妹が来てくれた。私の感傷かもしれないが、最初の子の入学式、父親だけではさびしかろうと思ったからだ。
勤め先の学校に新入生を迎える。不安そうな表情、期待に満ちたキラキラした目。3月までは感じなかった感情が、合間に湧いてくる。「今ごろ、娘はどうしてるかな」。
娘も校長先生の式辞を聞きながら、「オカアチャンはどうしてるかな」と思ったらしい。今までより、つながっている気持ちがする。でも、それは「我が子より学校の子」になりがちな私の、甘い言い訳に過ぎない。
夫の持つ「自由な時間」が妬ましい
それから1カ月後。
深夜23時に帰ったら、まだゴソゴソと娘が起きている。宿題をやらず、父親ともめたらしい。「やらないのなら忘れて行き!」と言われ、起き出してやっていたそうだ。当の夫は、下の子と一緒に、布団に転がってうとうとしている。蹴飛ばしたい衝動を抑えて、叱り飛ばす。
「なんで・こんなことに・なってんの? まだこの子、6歳やねんで! もっと丁寧についてやってよ!」
未だに学童保育は定員オーバー、夫は介護パートを休んで放課後の娘といる。時間はたっぷりあるはずなのに、宿題をやらせきれていないのが、信じられない。下の1歳の息子を保育園に迎えに行ってからの、夜の「食事・お風呂・寝かしつけ」の忙しさは知っている。だからこそ、見通しを立てて早めにやらせてほしい。
娘はひらがなプリントをやり、自分で時間割をそろえて寝た。そっと、忘れ物が無いかチェックする。鉛筆を削り忘れている。電動削り機に次々と鉛筆を突っ込みながら、心もトガってくる。
「なんで朝早く家を出て、めいっぱい仕事して、遅く帰ってきた私がやらなきゃいけないの?」
娘に早く習慣づけをしてやってほしい……という母親または校長としての思いより先に、「なんでアタシが損してんのよ!」という「不公平感」が先に来る。
そう、私は夫の自由な時間に嫉妬している。子ども達と過ごせる時間の多さにも、仕事や家計に対する責任の軽さにも。
深夜一人で帰った時、ハードディスクの録画リストをチェックする。しようと思ってするわけではないが、目に入る。しょうもないバラエティ番組や彼の好きな車の番組が「視聴済み」になっている。目をやると、畳んだ洗濯物が積まれている。「めっちゃ時間かかるから、テレビを見ながら家事せんといて!」何回言っても、直らない。畳んだ洗濯物は、タンスにしまって欲しい。積んだところに、子ども達が転げ回ってめためたにしたことは、1回ではない。
私は、録画して見損ねている映画やドラマのリストを横目に、時計を確認してテレビを消す。今から見出すと、明日5時半に起きられない。
たまに、寝かしつけに成功した夫が、3時4時までテレビ三昧をしてリビングに転がって寝ているのを、見つけることがある。ああ、蹴飛ばしたい!
「ゆる夫(おっと)」の最強スルースキル
かつて「昼間、ワイドショーを見ながらお菓子を食べ、ごろごろするオカアチャン」がギャグ漫画に登場していた。そこまで極端では無いにしても、パートを休んでテレビを見ながらまったり洗濯物を畳んでいる夫を思うと、ムカムカしてくる。
メディアで見かける主夫は「能動的」だ。料理のレパートリーを増やし、子どもの健康を考え、計画的に家事を進める。我が夫は「ゆる夫(おっと)」と名付けているほど、マイペースで事なかれ主義。基本的に、言われたことしかしない。必要なルーティーン以外は、気づきもしない。
疲れて帰った時の、私の沸点は低い。学校でケンカをする子ども達に、「腹が立つ時は6秒数えて心を落ち着けよう」なんて言っている「校長先生のお話」も自分には効果ナシ。あれこれ気に入らないところを見つけてギャーギャー言う私に、ゆる夫は慣れっこだ。
「帰ってすぐ吠えるなー」
ヨメの怒りの嵐をしゃがんでやり過ごす技を身につけているから、根本的に治らない。つ、疲れた。10年以上、同じことで怒っている。
子どもも私も準備ができて、いざ出発というタイミングに顔を泡だらけにしてヒゲを剃り出す。「ええっ!今!?」と驚くのも、「もっと時間あったやん!なんで早めに剃っておかへんの?」と私がキレルのも、お約束になっている。まるで、こっちの反応を楽しんでいるのかと思うほどに。
その気長さは、おそらく私より乳幼児の育児向きだ。今までは、そうだった。親の思うスケジュールを子どもにぶち壊されると、短い夜や休日を効率的に使いたいと思う私は心折れそうになる。しかし、夫はのんびりと構えている。女性だから育児向きなんてことはない。性別ではなく、個人の適性の問題だろう。
下の子は「ゆる育児」でいいとして、問題は小学生だ。新1年生は、家庭での時間の使い方が大事になってくる。帰ったらすぐに明日の用意と宿題、食事、お風呂、寝る準備。遅くても、21時半には寝かせたい。「早寝・早起き・朝ごはん」に非協力的な家庭に頭を抱え、あの手この手で訴え続けている立場としては、「敵は身内にあり」か……とため息をつきたくもなるのだ。
自分が早く帰ること、夫に時間管理を覚えてもらうこと、娘が時計を見て動けるようになること。
……これが山口家の新たなミッションだ。
今回は、働く母親として、あえて本音を書かせてもらった。当のゆる夫はネタにされていることを、「また俺のこと書いてるやろ」と、喜んでいる気配まであるので、太刀打ちできない。彼の支えと大らかさがあってこそ、校長の職務を果たせている点は重々承知している。学校で落ち着いて保護者の悩みに答える「仕事スイッチ」が、入りっぱなしならいいのだが、散らばるプリント類と洗濯物に出迎えられると、そう単純にはいかない。
「新1年生を抱えた母親校長」も、このレベルで悩んでいるので、全国のお父さん・お母さんは安心してほしい。小学生の親1年生、一緒にがんばりましょう!
同志社大学卒業後、大手進学塾に就職。3年間の校長経験を経て起業、広報代行やセミナー講師、教育関係を中心に執筆を続ける。大阪市の任期付校長公募に合格、2013年4月より大阪市立敷津小学校の校長に着任。著書に『企画のネタ帳』(阪急コミュニケーションズ)『売れる!コピー力養成講座』(筑摩書房)など。ブログ「民間人校長@教育最前線レポート」(http://edurepo.blog.fc2.com/)も執筆中
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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