問題は「大騒ぎ」で解決しよう
~ママ世代公募校長奮闘記(18) 山口照美
年が明け、いよいよ敷津小学校は創立140周年を迎える。お約束の航空写真と記念品の見積もりを取りながら、学校文化の強固さを思い知る。今年も守るべきものと、変化すべきもののバランスを取るのが私の仕事だ。昨年、変えてみたことを紹介したい。
修学旅行の写真販売、どうする?
修学旅行の打ち合わせで驚いたのが「小規模校のためカメラマンを連れていけないという事情。昨年は、「児童が各自で使い捨てカメラを持参して撮る」という対応をとっていた。デジカメでないのは、故障や破損リスクに備えるため。これはわかる。教職員が撮影したものを販売するのは大変だ。現像して学校に掲示して、写真を選んでもらい注文用紙を集め、現像してお金のやりとりをして……業者がやってくれない小規模校では、不可能に近い。
だからと言って、使い捨てカメラ方式は果たしてベストの選択だろうか? 我が子の写真が欲しい、一生の思い出の写真を買いたいという、親と子どもの願いを少しでも叶えられないだろうか? 子ども同士で写真を取り合うのも、現像した写真のやりとりも、それはそれで別のトラブルを生むのでは?
そこで、付き添いの教職員がデジカメ持参で写真をたくさん撮り、セキュリティのかかった写真販売サイトにアップロードする仕組みを検討した。学校独自のIDとパスワードを知っている人しか、見られない。販売サイトから、直接購入してもらう。現像された写真は、各家庭に直接届く。学校側の費用負担も保護者との金銭のやりとりも不要だ。他の自治体の小学校でも導入実績がある。
提案すると「パソコンを持っていない家庭が多い」と指摘があった。そこで、携帯やスマートフォンでも見られて、購入できるサイトを探した。どうしてもアクセスできない場合は、学校のパソコンルームで参観日の後に見てもらった。「今年やって、来年やらなかったら不満が出るのでは?」という意見もあった。わりとこの手の意見は多い。例年との変更は、事情をその度に説明すればいいだけのこと。
結果的に、保護者の方からは「家でゆっくり見られた」「家族みんなで写真を見ながら話ができた」と好評だった。課題としては「写真が高い」「携帯では見づらい」などの問題もあった。100%全員を満足させることは、難しい。
また、特定の写真販売サイトを活用することには、公務員としてのリスクもある。金銭関係は直接発生しないが、学校が特定業者を紹介する形になってしまう。そこで癒着を疑われる可能性がある。できれば、教育委員会の指定業者を用意してくれるとありがたい。いずれにせよ、自分が責任を取るつもりで昨年度は実施した。
「問題を見つけたら大騒ぎせよ」
課題解決は、かつての私の仕事でもあった。企業が抱える売上や販促の悩みを「今日やるべきこと」に落とし込む。プロセスそのものは、現場が学校になっても大きくは変わらない。
校長になるまで、中小企業の経営者向けの雑誌『日経トップリーダー』を購読していた。そのバックナンバーを、今も時々読み返す。2010年の5月号で紹介されていた「社員14人で世界企業」のコミーの記事を読んでいて、今の「チーム敷津」に似ているなと思った。
コミーは埼玉県川口市にある。銀行のATMの鏡や万引き防止の店内鏡など、「気くばりミラー」の市場をほぼ独占する企業だ。この会社では問題の第一発見者は「大騒ぎしろ!」と命じられている。発注ミス、製造ミスを見つけた時にできるだけそっとやり過ごすことは、大きなミスの原因を残すことになる。あえて大騒ぎすることで、課題を共有するのだ。
人数が少ないからこそ、コミュニケーションが取れている気になりやすい。そして、責任の所在が曖昧になる。今の敷津小学校は教職員が17名、部会がほとんどなく、立ち話で済んでしまうことが多い。ムダな会議は減らすべきだが、必要なコミュニケーションは減らしてはいけない。
トラブルの芽を大騒ぎして共有し、議論し、解決策を導く。
「なぜ?」と質問を投げ続け、根っこまでたどっていく。
その結果、今は手をつけられないケースもある。その代わり、懸案事項としてきっちり言語化し、「課題リスト」に入れる。
職員室では、私だけでなく複数の人が騒いでくれる。保護者や地域からの意見も「大騒ぎ」と捉えている。学校が見落としていた問題を発見し、解決のスピードを上げるありがたい存在だ。私は「なぜ」と「で、どうする?」を止めない役目だ。多忙な現場では、目先のトラブルを乗り切れたことで満足してしまいがちになる。騒いでも、責任の所在を不明にしたまま終われば意味が無い。
コミーの小宮山社長の言葉は、数年前に読んだ時より響く。
「気づいている社員はいるのに、それが問題として浮上しないことは、どの会社でもかなり多いと思う。大騒ぎした時点で、その問題はほとんど解決したようなものだ」
昨年、学校の門の内側にカメラ付きインターフォンをつけた。それまで、子どもは自分で電子錠を押して学校外に出ることができた。実際に、トラブルなどが原因で飛び出した事例が何度かあった。児童が勝手に出られないようにするには、どうすべきか。改めて議論してみると、教務主任から前任校で内側にインターフォンをつけているとの話が出てきた。紹介してもらい、実際に見にいく。チャイムを鳴らして顔を確認しないと電子錠は開かない。確かに、安全だ。
一方で、帰る児童や来客が頻繁にチャイムを鳴らす。ただでさえ多忙な教頭先生の仕事が中断されてしまう。「子どもの安全のためには仕方ないですね」とその学校の教頭先生は、苦笑していた。その学校より人数が少ないなら、できないことはないだろう。夏休みに内側インターフォンを設置することができた。
ここから先は、やってみないとわからない。
取り付けてしばらくは面倒に感じたものの、意外なプラス面もあった。帰る子どもに「金曜日やで、上靴持って帰りや!」と声をかけたり、子どもたちがカメラに向かって面白い顔をしていたり。ちょっとしたコミュニケーションツールにもなっている。出張に行く時も、チャイムを鳴らして開けてもらう。「行ってらっしゃい!」と教頭先生の元気な声で送り出される。ちょっと嬉しくなる。言い忘れたことがあれば、伝えることもできる。
「言葉の定義」をそろえよう
大阪市の教育は、「大騒ぎ」の渦中にある。報道の方が先走ることが多く、マイナス面の大騒ぎが強調されている。全国学力テストの結果公開、土曜授業、そして私も当事者である公募校長制度。施策の多くが現場や世間にマイナスに受け止められているのは、「大騒ぎ」の後にあるべき議論の時間が短いせいだ。
小宮山社長が述べていた、こんな事例がある。
「新製品のミラーをいくらで売るか、社内で議論をしていたらどうも話がかみ合わない。『価格』という言葉を、それぞれが『上代(定価)』、商談用の『提示価格』、買い手が承諾した『取引価格』違う意味で使っていたからだ」
議論をするには、今の「子ども」の定義を共有することが前提となる。ある会議では行政側から「子どもの未来のために」と、英語教育やICTの必要性が何度か繰り返された。しかし、それ以前の課題を抱える「子ども」が公教育の現場には多くいる。言葉の定義がそろっていないと、現場はどうしても受け入れられない。
大騒ぎして問題をひっぱり出し、言葉の定義をそろえながら議論し、解決策を見つける。
「チーム敷津」では、昨年中に何度も見られた場面だ。ベテランの経験や、若手のアイデアに助けられる。動ける人が、すぐに動いてくれる。長年ぼんやりと課題だったことが、1本の電話で解決する場面もあった。「こんなことやりたい!」という前向きな大騒ぎも歓迎だ。特に若手や転任してきたばかりの人の意見をつぶさないよう、何でも言える空気を作っていきたい。
動いてみなきゃわからない、全員が100%満足する策はない。だからこそ、多くの言葉が必要だ。教職員17名の小さな学校でも、言葉を尽くすように務めている。
ここまで書いて、家庭でも一緒だなと思った。私が月に数回、大騒ぎをしてやっと先送りの家事が進む。年が明けても飾ってあるクリスマスツリー、捨てられないままの子ども服、水はけの悪くなったベランダ。「片づける」の定義を、家族間でそろえられない。「チーム山口」はもう少しコミュニケーションが必要かもしれない。
「前向きな大騒ぎ」で、学校は少しずつ変わってきた。騒ぐにもタイミングがある。全員に余裕が無い時には、問題提起をしても受け入れてもらえない。
教育について国や自治体レベルで大騒ぎが起こり、現場との摩擦が起きる度に思う。現場に余裕がなく日常に追われる状況で騒がれても困る。言葉の定義をそろえる時間も、議論をする時間もない。
何をおいても教育に予算を、人員体制に余裕を、若手教師が学び育つ時間を。
今年も言葉を尽くして、子どもたちのために騒ぎ続けよう。
同志社大学卒業後、大手進学塾に就職。3年間の校長経験を経て起業、広報代行やセミナー講師、教育関係を中心に執筆を続ける。大阪市の任期付校長公募に合格、2013年4月より大阪市立敷津小学校の校長に着任。著書に『企画のネタ帳』(阪急コミュニケーションズ)『売れる!コピー力養成講座』(筑摩書房)など。ブログ「民間人校長@教育最前線レポート」(http://edurepo.blog.fc2.com/)も執筆中
(構成 日経DUAL編集部)
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