浅田選手に学ぶ 迷った時は「困難な方」を選べ
~ママ世代公募校長奮闘記(21) 山口照美
土曜日の夜あたりから、プレッシャーを感じ始める。月曜日の朝は、校庭で児童朝会があり、「校長先生のお話」をしなければならない。もともと、塾講師だったので子ども相手に話すのも好きだし、ネタはいくらでもある。しかし、1年生から6年生までに聞かせるとなると、話は別だ。子ども達の集中力は、3分ほどしか持たない。
校長先生向けの講話集が販売されているので、手にとってみた。じんわり、おだやかに、季節を味わう話や、含蓄のある話が多い。時事ネタを取り上げたものもある。
悩んだあげく、基本的な型を作ることにした。そもそも、「校長先生のお話」はなんのためにするのか。私は、「どんな大人になってほしいか」の種まきの場だと考える。目的を決めた上で、効果的な伝え方を模索する。
「褒めの瞬発力」で子どもを育てる
「学校生活で身につけてほしいこと」を「しきつ★チャレンジ」として示し、そのチャレンジにまつわる話をすることにした。
「目と耳と心を向けて話を聞こう」「みんなの時間を大切にする」「集中スイッチを入れる」……学校をウロウロして、これは課題だと思うことを一言にしぼり、ボードで掲げる。朝会で話をし、ボードを掲示しておく。聴覚と視覚で、守ってほしいことを訴える。少し時間が経った時に、児童向けの校長通信「しきつ★チャレンジ新聞」で穴埋め問題を出し、今までの「しきつ★チャレンジ」を確認する。
子どもに限らず、ルールを定着させるには「短いフレーズで、くりかえし、聴覚と視覚に訴える」ことが大事だ。塾講師を退職したあと、広告や広報の仕事も経験したことで「メッセージで人を動かす」ことを実地で学んだ。ただし、購買活動を誘うのとは根本的な動機付けが違うのが、難しい点だ。
「早く教室に戻って学習準備をする」ことは、子どもにとって「得だ」という実感がすぐに得られない。少しでも、のんびりと過ごしたいというのが子どもの本音だ。
大人になれば、わかる。社会人になった時に、他人を待たせないことは信用につながる。取りかかりが早ければ、密度の濃い学習ができる。その分、力がつく。早く終われば、遊ぶ時間も増える。……大人の理屈は、子どもにはなかなか実感として伝わらない。
「なぜそのルールがあるのか」を根気強く説明しながらも、できた瞬間に褒めることで、「いい行動をする=褒められてうれしい」を体感させて定着させていくしかない。塾時代から「褒めの瞬発力、叱りの洞察力」を大事にしていた。褒める場面を見つけたら、すぐにハッキリと褒める。「ステキやね!」「ええやん!」「すごいなぁ!」
小学校の現場に来て、塾以上にこれらの言葉が飛び交って子どもたちを励ましていることに、感激した。勉強以外で、褒められる場面がたくさんある。反対に叱る時は、いたずらをしてしまった子どもの行動の奥にある心理や状況を、聞き取るなり、想像するなりしなければならない。職員室の立ち話は、複数の視点で子どもの行動を分析するミーティングになっていることが多い。
幻の「校長先生のお話」
朝会の「校長先生のお話」は、褒める場面でもある。表彰はもちろん、学校で見かけた子どもたちのいい場面を紹介することもある。多い時は、ほとんどが表彰で終わる。
ただ、今週の月曜日だけは話したかった。ソチ五輪で浅田真央選手が、教えてくれたことを。私は長野五輪からのスケートファンで、彼女のことは10年近くずっと追いかけてきた。特にバンクーバー五輪からの4年間は、見ているのが辛くなるほどの日々だった。
誰も目指さないハイレベルなジャンプと演技に挑戦し、崩れる場面を何度も見た。もっと楽にメダルを獲ることもできるだろうけれど、彼女はトリプルアクセルを諦めない。長年のファンとして、彼女の夢が叶う日を願っていた。
オリンピック前には、「学校だより」の文章で取り上げた。
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「大きな夢と小さな目標」
あけましておめでとうございます。今年は午年、「馬」にからめた言葉が年賀状にたくさん見られました。いいなぁ、と思ったのは「笑顔でウマる一年に!」という言葉。敷津小学校の毎日が、子どもたちの笑顔で埋まる。そんな明るくて前向きな年にしたいと思います。
今年の2月に、ロシアのソチで冬季オリンピックがあります。ここ数年、日本のフィギュアスケートには力のある選手がたくさん出てきて、テレビでも盛んに放送されています。華やかに見えるフィギュアスケートの選手ですが、1年365日のうち、試合で滑るのは10日前後しかありません。それ以外は、ほぼ毎日トレーニングです。前の試合でできなかったことを、次の試合ではできるように。地道な練習を繰り返しています。
女子シングルの浅田真央選手は、サインを求められると「日進月歩」と書き添えます。「止まることなく進歩を続けること」という意味で、「勢いよく発展すること」の意味で使われることもあります。浅田選手は、毎日少しずつでも前に進みたいとの願いをこめて書いているそうです。トップアスリートでも、日々の積み重ねは地道です。もっと上手になりたいなら、練習をするしかない。その先に、大きな夢があるからがんばれるのでしょう。
一方で「夢がないからがんばれない」のではなく、将来の夢をまだ持っていない子どもにこそ、力をつけてほしいと考えています。いつか、なりたい職業に出会った時に、基礎になる力があると可能性が広がります。同時に、できるだけたくさんの生き方を示し、夢を抱くきっかけ作りをしたい。もし夢を持っているなら、小さな目標を立てて乗り越える方法を身につけてほしい。
ご家庭との連携で、子どもたちの「日進月歩」を教職員一同で後押しします。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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そして、ソチオリンピックが始まった。彼女の夢は、叶うのだろうか。
「困難な方」を選んだ方が後悔しない
今季不安定だったトリプルアクセルに挑み、失敗し、崩れたショートプログラム。回避しても最終グループに残る力を持ちながら、挑んだ。その果ての失敗。抜け殻のような彼女を見て、「もう明日は滑らないんじゃないか」と案じた。
翌日のフリープログラムについては、もうメディアが書き尽くしているので私が書くべきことは無い。夢を叶えたその人は、笑顔ではなく涙を流した。自分の可能性を信じ、戦って、乗り越えた。その晴れやかな涙と笑顔。その後のインタビューでも、浄化されたような笑顔が印象的だった。ファンとしても「見届けた」という余韻と安堵感に浸っている。
学校現場に来て、ある先生に言われた一言がピタリと胸に納まる。
「迷った時は、困難な方を選んだ方が後悔しない」
その先生は、それほど重い意味で言ったわけではない。
「トラブルがあった時に電話で連絡するか、面倒だけど家庭訪問にするか、迷った時はしんどい方を選んだ方が後悔しない」
電話で済ませて、うまく収まればいいけれど、話がややこしくなった時にこう思う。「しまった、やっぱり家に行って話すべきだった」と。一方、最初から家庭訪問をして、結果としてうまくいかなくても「ここまでしてダメなら仕方ない」と納得できる。授業の準備でも、子どもの指導でも、何でもそうだ。
「迷った時は困難な道を選ぶ」ことで、磨かれ、鍛えられる。
浅田選手は、困難な道を選んだ。ファンとしてはらはらし続け、「もうええやん、トリプルアクセル跳ばんでも」と愚痴り、それでも彼女の夢を応援し続けてきた。自分のハードルを極限まで上げて、乗り越えた姿に圧倒された。
醒めない興奮の中、「困難な方を選び、乗り越える努力を惜しんでいないだろうか?」と自問自答する。「子ども達に視野の広さと、基礎になる学力と、自分を信じる強さを育てたい」……学校だよりに書いたことを、実現するためにベストを尽くしているだろうか。
そんな「校長先生のお話」を用意していたが、残念ながら月曜日は表彰が多くて無理だった。代わりに、全力で今日も子ども達を褒め、励ます。
「失敗してもいいからやってごらん」「できたやん、すごい!」「できてるできてる、自信持ちや!」
リンクサイドで「何かあったら助けに行く」と言った佐藤信夫コーチのように、「チーム敷津」が見守っている安心感の中でチャレンジできる学校を作ろう。
どんなに体が重くても、氷に舞う青い衣装を思い浮かべるだけで、背筋が伸びる。
私も諦めない、大人でありたい。
同志社大学卒業後、大手進学塾に就職。3年間の校長経験を経て起業、広報代行やセミナー講師、教育関係を中心に執筆を続ける。大阪市の任期付校長公募に合格、2013年4月より大阪市立敷津小学校の校長に着任。著書に『企画のネタ帳』(阪急コミュニケーションズ)『売れる!コピー力養成講座』(筑摩書房)など。ブログ「民間人校長@教育最前線レポート」(http://edurepo.blog.fc2.com/)も執筆中
(構成 日経DUAL編集部)
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