数値化できない2泊3日の教育効果
~ママ世代公募校長奮闘記(6) 山口照美
「数値目標」を教育現場に求める傾向がある。私自身、民間人校長として期待されている点でもある。数値目標を立て、目標達成のための対策を立てる。大阪市の小中学校では、今年「運営に関する計画」という書類を全校長が出し、保護者や地域の人たちが学校の運営に参加する「学校協議会」の評価を受けた。
正答率、アンケートで「算数が好きですか」に「はい」と答えた児童の割合、授業アンケートの結果……さまざまな数値を記入しながら、仮に結果を出したところで意味を持たない数字に悩まされる。
小規模校である敷津小学校では、1人の欠席や転出入で数値が大きく左右される。また、学力が高い小学校のデータと通塾率の関係は無視される。中学受験率の高いエリアでは、基本的に数値が高い。それを無条件に「学校の授業力」と考えるのはおかしい。
そして、最も悩ましいのが「数値化できない教育効果」だ。
授業中、じっと座って話を聞けなかった子が落ち着いて学習できるようになった。コミュニケーションに自信の無かった子が、友だちと協力できるようになった。発表のできなかった子が、堂々と自分の意見が言えるようになった……。
小学校に来て3カ月半、1人ひとりの成長に驚かされ、小学校の教育力に感動する場面がたくさんあった。職員室には、「あの子がこんなことができた」「こんな場面を見た」という会話が飛び交う。それを校長席で聞いているのが、大好きだ。
先日、私は初の「自然体験学習」に5、6年生を連れて出かけた。2泊3日の宿泊学習で、滋賀県高島市の「びわ湖青少年の家」に行く。5年生だけで行くケースが多いが、敷津小学校は単学級のため2学年で出向く。この3日間、私はまさに「数値化できない教育効果」を見せつけられた。
ゲームナシ、携帯ナシ、TVナシ。そこにあるのは自然と友だち
小学校から、地下鉄とJRを乗り継いで約2時間。少人数校は、バスを出せない。公共交通機関を乗り継いで行ける、自然体験施設は貴重だ。大荷物をかついで近江高島駅から20分ほど。おだやかな湖面、入道雲、青空。視界が一気に開け、子ども達のテンションが上がる。「びわ湖青少年の家」に到着した。さっそく、水着に着替えて浜に飛びこむ。海と違って、泳がせるには比較的安全だ。
ゴーグルを着けて魚を探し、藻を拾って投げ合う。意外に大胆な子どもの姿を、安全管理をしながら見守る。宿舎に入り、5、6年の混合班で部屋割りをした。修学旅行は行程をこなすのに慌ただしかったが、ここなら少し腰を据えた「生活」を体験できる。
指示は一回しかしない。自分たちで時間管理をし、声を掛け合い、5分前行動をする。学校では、チャイムで着席できないことが課題だったのに、彼らは5分前行動をほぼパーフェクトにやってのけた。
単学級で1年生から過ごして来た彼らは、クラスの中の力関係が固定してしまっている。ところが、異学年チームでは今までおとなしかった子がリーダーシップを発揮し始めた。勉強は苦手だが料理が好きな男の子は、飯ごう炊さんでテキパキと動く。集団行動が苦手な子を、班のみんながサポートする。自然体験の帰り道に気づいた。彼の呼び名が、名字の呼び捨てから「~ちゃん」と愛称に変わっていた。
放課後に校区を回ると、子ども達は公園で携帯通信ゲームを付き合わせてたむろしている。ここにはゲームもテレビもない。それでも、すき間時間を惜しんで琵琶湖で石投げ競争を楽しみ、走り回っていた。
「自然環境」×「プロの力」で子どもの力が爆発する
ここまでは、どんな宿泊行事でも見られることかもしれない。「びわ湖青少年の家」では、加えて湖上プログラムとスタッフの指導力にうならされた。
湖上プログラムは、「カッター漕艇(そうてい)」という団体でこぐボート体験と、自分たちでいかだを組み立てて乗る「いかだ作り体験」の2つを楽しんだ。中でもカッター漕艇は、チーム力が要求される。全員で力と気持ちを合わせて重いオールを漕ぎ、運が良ければ4キロ先の白髭神社の鳥居をくぐって帰ってくる。
一緒にスタートした小学校の校長先生と、互いの学校を応援しつつ救護用の船から見守る。小規模校の悩みは、目が届き過ぎるがゆえに子ども達が甘えがちなところだ。発表の声や挨拶の声もどちらかと言えば小さい。その彼らのボートから、「そーれ!いーっちに!いーっちにっ!」と必死の大声が聞こえる。鳥居は恐ろしく遠い。1時間経過した。まだ、彼らの声は衰えない。
後で、乗り込んだ教師が教えてくれた。「船長の江島さんの指導力がとにかくすごかった。子ども達を励まし、笑わせ、リズムを作って盛り上げた。教師としても本当に勉強になった」。
私もスタッフの方々の力を随所に感じた。船を下りた後、「あの子は態度で損はしていますが、よく気がつくし見て覚える力を持っていますね」と個々の児童の特性までつかんで、船の中で生かしてくれていた。
天候や子ども達の体力によっては、通れない白髭神社の鳥居。一緒にスタートした小学校が、先に越えた。いよいよ、敷津小学校の船がやってくる。子ども達は顔を真っ赤にして漕ぎ、声を出し、鳥居を越えるための「櫂(かい)立て!」の指示を聞き逃さないように集中している。
重い櫂を、指示から6秒以内に立てなければ鳥居にぶつかる。
「櫂立て!」
力を振り絞って、隣の子と力を合わせて櫂を持ち上げる。1本、遅れたところを船長が飛びついて立ててくれた。くぐった!
こぎ始めて約2時間。暑かったが、湖上を吹く風は涼しい。櫂を下ろして健闘をたたえ合う、船からの歓声が聞こえた。その時も泣きそうになったが、そこから2キロ、トータル6キロの距離を2時間45分で漕ぎきった姿に泣かされた。私はこの3カ月半、君たちの何を理解したというのだろう。この自然と、体験プログラムと、優秀な指導者が一気に引き出した子どもの力。
学校現場は基本的に守りなので、同じ環境があってもこれだけのプログラムにチャレンジできない。教職員が主導であれば、水難事故や熱中症、ありとあらゆる不安をぬぐえず、無難なところで落ち着いていただろう。毎日、この土地の自然に向き合い、たくさんの子ども達と接してきたスタッフだからこそ、安全の中でギリギリいっぱいまでのチャレンジをさせられる。
子ども達が教えてくれた。
「君たちは『小さな学校、大きな家族 チーム敷津』なんやろ、力を合わせてがんばれ!って船長が言っててん。敷津小のこと、知ってたで!」
学校ホームページで得た情報を踏まえて、声をかけてくれた気配りにも感謝した。
廃止に揺れる「大阪市立びわ湖青少年の家」
子ども達は、まさに家族のような一体感で戻ってきた。特に、2年続けて「びわ湖青少年の家」に来て、昨年は鳥居越えができなかった6年生は達成感に満ちあふれていた。「しんどかった」より先に「楽しかった!」が口々に聞こえる。自慢げに「見て!」と手のひらを差し出す。できた豆をなでながら、「よくがんばったなぁ!」としか言葉が出なかった。私も乗りたかった。
来年、「大阪市立びわ湖青少年の家」は廃止か売却が決まりかけている。少なくとも、市は事業として廃止予定だ。スタッフの方達の行き先は、まだわからない。来年度、私たちの自然体験先もどこになるか探している途中だ。
廃止の理由は、府市統合により「海洋センター」という臨海合宿施設と役割が重なること、赤字経営であること、冬に稼働率が落ちるために平均した時の稼働率が低いこと、費用対効果が見えにくいことだ。
確かに、海洋センターにもカッター漕艇のプログラムはある。しかし、夏は短い。利用が重なると抽選になる。落ちれば、その年の自然体験先にまた困る。せっかく電車で行ける距離に琵琶湖という財産があるのだから、できれば活用したい。東日本大震災後、津波のない琵琶湖に臨海学校を変更する小学校も出てきている。大阪市外からの問い合わせが増えたそうだ。
「学校からの利用料設定が条例で決まっていて安すぎるのも、実は悩みの種です」と所長の清水敏行さんに教えていただいた。全日程、食事も交通費も活動費も込みで上限が1万5000円。地域によっては、保護者負担を1万円超えると参加率が減ってしまう。今回、宿泊費・食費・活動費すべてを含んで6000円程度で2泊3日を過ごせた。有り難いが、正直なところ安過ぎるとも思う。
基本的な価格設定を見直し、経済的に厳しい家庭には参加補助を出す。それだけでも赤字はかなり改善できる。では、民間に委託すればという話になるが、ヘタなやり方をすれば、黒字になる前に維持できず潰れてしまう。それはあまりにも、もったいない。何年も通って子ども達の成長を見てきた教師も、心から惜しがっていた。
冬の稼働率が低いのはある意味当然だが、合宿所としての活用招致で奮闘している。室内プログラムで、滑石を削って勾玉(まがたま)を作るクラフトも体験した。理科の学習につながり、思い出にもなるいいプログラムだった。ここでも江島さんが子ども達の独創性を褒め、励まして作業に夢中にさせてくれた。
教育効果は「数値化」できない
翌日のいかだ作りでは、自分達で頭を使ってタイヤチューブと板とひもでいかだを組み上げて、湖面に浮かべた。明らかに、来た時より手際がいい。誰が材料を取りに行くか、ひもをどう結ぶか。失敗したら、改善案を出してすぐやり直す。早くしなければ、湖面に浮かべられない。
沖の監視員イスに座っている教師めがけて、自分達で作ったいかだをこぎ出す。昨日のカッターより、オールは軽い。その分、こぐ力のバランスが悪ければ簡単に方向が変わる。私も乗せてもらい、声と力を合わせてこいだ。
プロのスタッフがボートを浮かべ、事故の無いように監視してくれている。気になる子は名前で呼び、容赦なく注意が飛ぶ。「よその大人に叱られる」経験も大事だ。
退所式で、江島さんが熱く語った。
「びわ湖青少年の家での体験を、一生忘れないでほしい。来年、この施設はなくなるかもしれないから、いつもより強い想いで語っています」
チーム敷津の良かったところを褒め、君たちはこうしたらもっとすてきな大人になれるよと注意もしてくれた。5年生に後で食い下がられた。
「なんで無くなるの? 僕たち、来年も来たい。4年生に教えてやりたい」
日本中の公的施設やサービスで、似た問いが繰り返されている。
「数値目標」「費用対効果」「民営化」の言葉の下に。私は、民間から来た。昨年の今ごろは、自分で小さな事業を運営して、全国の商工会議所で民間企業のために売上向上のためのセミナーをやっていた。
民間は、成果が無ければ収入が無くなる。そこに何らかの補充がなければ、維持できない。公的機関やサービスは、すぐに数値化できないものに対する、セーフティーネットや長期投資の意味合いが強い。
何の成長もしない人材が既得権益を守るために運営している組織に、税金を注ぐ意味は無い。しかし、私が生で体験したこの3日間は、琵琶湖随一のロケーションに加え、プロの指導者によって運営される貴重な施設だった。若い教師は、スタッフの子どもへの接し方から学ぶところも大きいだろう。
学校が自然体験施設に求める意味は、おいしい食事や快適な部屋ではない。
まずは安全。次に、非日常体験。そして、自分で危険を察する力、声を掛け合うチームワーク、指示を聴く姿勢。3日間で学んだことを、通常の学校生活につなげていけば一生物の力になる。目覚めた協調性や集中力を、一時的なものにしては申し訳ない。
文科省では、平成18年度から自然体験活動の推進を図っている。その流れに逆行して、公的な自然体験施設が減り続けている。民間の施設に問い合わせると、宿泊と食事だけで安くても1泊4500円が相場だ。2泊すれば1万円近くなり、交通費や活動費が出せない。1泊では移動だけで半日が潰れ、睡眠時間を入れるとほとんど活動できない。
何とかして最低でも現状維持で、引き継げないものか。今も運営費のカットで、夏の厳しいシフトをギリギリのスタッフ数で乗り切っているとのことだった。次世代のスタッフを育てる予算も必要だ。
公立小学校や娘の通う吹田市立の保育園でも、「数値」だけで判断され、人件費や体験学習費が削られている。「びわ湖青少年の家」を廃止するにあたり、利用者である公立小学校へのアンケートは採られなかった。私はたまたま体験しただけだが、民間と公教育の両方の視点を持って勝手に答えたい。
「低価格でありながら、プロの指導員が充実した体験を保証してくれる。教育効果は数値化できないが、一生物の『生きる力』の種をもらえる。環境も人材も、大阪の子ども達にとって貴重な財産だ」
もらった種を花開かせるのが、学校の役目だ。できる限りの存続を、子ども達と一緒に願っている。
[参考]大阪市立びわ湖青少年の家 http://www.ays-biwako.com/
同志社大学卒業後、大手進学塾に就職。3年間の校長経験を経て起業、広報代行やセミナー講師、教育関係を中心に執筆を続ける。大阪市の任期付校長公募に合格、2013年4月より大阪市立敷津小学校の校長に着任。著書に『企画のネタ帳』(阪急コミュニケーションズ)『売れる!コピー力養成講座』(筑摩書房)など。ブログ「民間人校長@教育最前線レポート」(http://edurepo.blog.fc2.com/)も執筆中
(構成 日経BP共働きプロジェクト・日経DUAL編集部)
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