民間人校長3カ月目の理想と現実
~ママ世代公募校長奮闘記(3) 山口照美
大阪市では、2014年度から民間人校長を現在の11名から35名にするという。そのニュースが流れると、「今年の公募校長はどうなんだ」と世間の視線が厳しくなる。
もともと、校長は「見られる仕事」だ。学校の中では、子どもたちが見ている。トイレのスリッパをそろえ、床のゴミをさっと拾う。教職員も、私を見ている。上司が笑顔であいさつすれば、周りからも返ってくる。自分の態度が、良くも悪くも感染していく。
自転車で校区を走れば、地域の方から声をかけられる。保護者の方も見ている。ネットできれい事ばかり書いていれば、「内情はそんなんちゃうで!」と言われる可能性も高くなる。
「どうなんだ」にお答えするには、今やっていること、考えていることを率直に伝えるしかない。
優先順位がくるくる入れ替わる、学校は生き物だ
理想を公言し、その目標に向かってハードワークを辞さずに突き進む。
若いころの自分は「有言実行」で自分にプレッシャーをかけて、前進するタイプだった。進学塾の入社内定式で「3年で校長になる」と公言し、塾に布団を持ち込んで寝泊まりしながら営業や教材作成に取り組んだ。
そのやり方がベストなのか?と思うようになったのは、子どもを持ってからだ。
「私ばっかりがんばっている」「損している」と思い始めると、そのイライラが家庭や子どもに向かう。勝手に目標を高くして、勝手に忙しがって、勝手にキレているだけじゃないか。塾の現場で、そんな保護者をたくさん見てきた。子どもの能力や興味を無視して、勝手に志望校を設定して、勝手に焦って、子どもに当たり散らす親を。
そうならないために、今は以下の方針で進めている。
・情報収集アンテナだけは鈍らせない。
・状況に応じて優先順位をこまめに入れ替える。
・ベスト3までの課題解決に注力する。
ケガが増えてきたら学校での安全について、子どもに訴えかける。危険箇所を再チェックする。
今の課題は人手不足だ。私も、掃除や授業のフォローに入る。子どもと接したくて学校現場を望んだのでうれしい半面、校長業務がやりきれない日もある。このままでいいとは思っていない。「ヒト・モノ・カネ」を引っ張ってくるのは校長の仕事、教頭先生と策を練って教育委員会に陳情に行く。
学校は、生きている。
毎日くるくると優先順位が変わる。
これから校長公募に臨む人にアドバイスをするなら、「理想の学校像」を掲げてもいいけれど、こだわりすぎるとしんどいで、と伝えたい。
私の目標は「経済格差を教育格差にしない」学校づくりだが、現場にはそれぞれに優先課題がある。
学力向上策に手をつける前に、睡眠不足で眠そうな子が多ければ、生活習慣の見直しから始めなければならない。子ども同士のトラブルが多ければ、「自分も相手も尊重する気持ち」を育てる必要がある。合間には行事が多い。今はプール開きの準備や夏の宿泊行事に向けて教職員は動いている。
「学校にあるものリスト」を生かす
それに、「やりたかったこと」の多くは、すでに現場で行われている。たとえば「知っている職業の数を増やす」キャリア教育は、私の目標の1つだ。
先日、2年生の「町探検」に一緒に出かけた。学校のすぐそばには、大阪木津卸売市場がある。生きたハモに「あれはヘビ!?」と興奮し、昔ながらの乾物屋を珍しそうに眺める。行きなれたスーパーで「季節のものを入り口近くに置く」「レジ近くに『ついで買い』を誘うものを置く」と聞いた子どもたちは、視点が1つ増える。
バックヤードに入れてもらい、肉の塊をスライスする機械や揚げ物をするスタッフを見る。今まで、親に連れられてきたスーパーが「仕事の現場」に見えてくる。いい社会見学だった。
学校には、多すぎるほどの取り組みがすでにある。
「0から作りあげる」にこだわるより、「すでにあるもの」の効果を上げる方がずっと楽だ。「変えてやろう」と鼻息荒く乗り込んでも、空回りする可能性は高い。どの学校にも最優先課題は、必ずある。その解決を教職員と力を合わせてやって、ようやく次のステップが見えてくる。
私は日々の行事を体験しながら、「自分がやりたかったことリスト」と「学校にすでにあるものリスト」のすり合わせをしている。形骸化しているもの、成果が思うように出ていないものは再検討リストに入れる。いいものは、より磨きをかけていく。どんどん発信する。学校には、一般には知られていない努力や知恵が詰まっている。
理想に焦って、子どもや教職員をつぶしては話にならない。現実を、徐々に理想に近づけていけばいい。
単なるリーダーではなく校長「先生」
宿題の出し方についてのミーティングに参加していると、わくわくしてくる。「経済格差を教育格差にしない」ための入り口に、やっとたどりつけた。今なら保護者視点で若い教師にアドバイスもできる。
PTA向けの校長講話は、「家庭学習」より「自立学習」を強調して語った。放課後の学童保育や、学校での居残りで宿題をやる子も多い。「家で親がやらせて当たり前」から、発想を変えないと対応できない部分もある。事情を思いやった上で、あえて家庭にお願いもする。
1日5分でも10分でも、勉強を見る時間を作ってほしい。勉強は教えなくていい。家庭学習の時間を、家族にほめられるうれしい時間にすることで、机に向かう習慣が育っていく……言いながらいつも反省する。私は今週、娘を何回ほめただろう。
「1年目の公募校長はうまくいってんの?」の答えは、わからない。「民間人校長」とまとめられても困ってしまう。ひとり1人は違うし、配属された学校の課題も違う。これができたから合格、という指標もない。
ただ1つ、これだけは確かだ。
子どもたちにとって、校長が民間出身かどうかなんて関係ない。学校をうろついて、子どもの変化にアンテナをとがらせていると、やんちゃな子のいるクラスから声が飛ぶ。
「校長先生、絶好チョー!」
日本中の小学校で校長先生がかけられているであろうかけ声に励まされ、今日も廊下のゴミを拾い、トイレのスリッパを並べる。
マネジメントだの戦略だのという言葉以前に、「先生の模範」としてふるまえる人。実は、公募校長にとってこれが一番の条件であり、難問ではないかと思っている。
同志社大学卒業後、大手進学塾に就職。3年間の校長経験を経て起業、広報代行やセミナー講師、教育関係を中心に執筆を続ける。大阪市の任期付校長公募に合格、2013年4月より大阪市立敷津小学校の校長に着任。著書に『企画のネタ帳』(阪急コミュニケーションズ)『売れる!コピー力養成講座』(筑摩書房)など。ブログ「民間人校長@教育最前線レポート」(http://edurepo.blog.fc2.com/)も執筆中
(構成 日経BP共働きプロジェクト・日経DUAL編集部)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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