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歴史博士

散りぎわの美、清正の名樹 古きを歩けば・花ものがたり 地蔵院の五色八重散椿(京都市)

2013/4/23

薄桃色などの花を付ける「五色八重散椿」。花びらが一枚ずつ散ることから珍重された(京都市北区の地蔵院)

椿(つばき)は桜と咲き競う春の花ながら、首からボトリと落ちる様が武士の世では不吉とされた。だが、加藤清正が豊臣秀吉のために朝鮮から持ち帰ったとされる、京都市北区の地蔵院(椿寺)の八重椿は名樹とうたわれ、珍重された。花びらがひとひらずつ、はらりと散るためだ。

北野大茶会の際に寄進受けた寺伝も

同じ樹でも白、赤、ピンク、白と赤の絞りなどに咲き分かれる

寺伝では、秀吉が1587年の北野大茶会の際に地蔵院に寄った縁で、後に八重椿を寺に寄進したとされる。樹齢約400年を数えた初代は1983年に惜しくも枯れたが、樹高4メートル、枝の周囲は29メートルにも及んだ。枝分けした2代目が現在本堂前にあり、樹齢120年を数える。

1つの木から白、赤、ピンク、白と赤の絞りなどの八重の花が咲き、「五色八重散椿」と呼ばれる。散り落ちた花びらは、地面を覆う苔(こけ)の緑と美しい対比を見せる。「初代は私が寺に来てすぐに枯れたので記憶もかすかだが、ピンクの花も今よりもう少し赤みがかっていたように思う」と伊藤史郎住職は振り返る。

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