絢爛豪華さ競う大名家の能装束
高島屋史料館(大阪市) 古きを歩けば特別編・装い重ねて(4)
大阪で江戸時代・日本の最高レベルの装いを見る機会が訪れている。大名家が多額の資金を投じて製作させた見事な能装束の展覧会が新年4日から大阪市浪速区の高島屋史料館で開かれているのだ。華やかな色彩、凝りに凝った絵柄、手間を掛けた刺しゅう――。最高の素材と技術を用いて作られ伝えられてきた染織物の傑作に触れてみてはどうだろう。
■毛利、井伊家伝来の優品多く
能は茶とともに大名家の基本的なたしなみだった。演能に備えて大名家は多くの能装束を保有していた。能役者が身にまとう装束は家格を示すことにもなるため、大大名は競うように絢爛(けんらん)豪華な装束を作らせたという。
高島屋史料館所蔵の能装束は日本有数のコレクションとされる。総数433点という量の多さ、毛利家や井伊家、前田家伝来の優品が多いという質の高さが日本有数のゆえんだが、能に用いられる様々な種類の装束が満遍なくそろっていることも特徴という。
ただ、この能装束コレクションの存在は一般にはほとんど知られていなかった。戦前、高島屋が自社で制作する織物の参考にするため、あるいは大名家の名品の散逸を防ぐために当時の経営トップの判断で収集されたらしく、あまり公開されてこなかったためだ。
■絵柄大ぶり、武勇を表現
制作年代は18世紀から19世紀のものが多い。田中喜一郎副館長は「手間をかけ、豪華に見せる工夫をしており、おそらく京都の名の通った業者が制作したと思う。舞台衣装として見れば実用品だが、鑑賞する特殊な織物でもあり、美術工芸品に近いかもしれない」と語る。実際に能舞台で使われていたので擦れや傷みもあり、普段は収蔵庫に大切に保管されている。「収納箱から出して広げるだけで傷みが心配になる装束もあります」と田中副館長。能装束の展覧会の開催は5年ぶりになる。毛利家伝来品中心の前期と井伊家伝来品中心の後期で展示品が入れ替わり、トータルで四十数点が出品される。
能装束は一般の染織物に比べ、絵柄が大ぶりで派手な衣装が多い。また、武家の衣装らしく、図柄に戦勝や武勇の意味が込められたものがあるのも特徴という。紺の絹地に金箔で流水を表し、蘆(あし)や海松貝(ミルガイ)の刺しゅうをあしらった縫箔(ぬいはく)と呼ばれる装束は刺しゅうの繊細さや絵柄の大きさに目を奪われる。薄茶や萌黄(もえぎ)、藍、紅白などの色糸で織られた幾何学模様が印象的な厚板(あついた)と呼ばれる装束には、ひし形を重ねた釘(くぎ)抜き意匠がある。これは「九城を抜く」、すなわち九つの城を陥落させる戦勝の印という。
図柄や制作にかけた手間を感じさせるのが「濃茶薄茶段桜扇模様縫箔」という衣装。濃淡の茶の絹地に金箔で桜花を表し、そこに多種多様な扇の刺しゅうが配されているが、扇の模様がすべて違うのだ。鶴や鳳凰(ほうおう)、花鳥、青海波紋などがあり、いずれも多彩な色糸を使って繊細に縫われている。これらはいずれも毛利家伝来とされる装束だ。
■図柄のデザイン、正体は貘と解明
調査によって図柄のデザインが解明された衣装もある。紺地に金色の大きな稲妻があしらわれた袴(はかま)に描かれていた獣は、麒麟(キリン)、あるいは竜とみられていたが、近年の研究で貘(バク)と分かったという。
今回の展覧会を監修した国立能楽堂の門脇幸恵さんは「展示品は能に親しんでいた大名家の調度の香気を感じさせる貴重なコレクション。感覚的なものだが、毛利家、井伊家で装束の雰囲気も微妙に違う。できれば前後期の展示を鑑賞してほしい」と話している。
高島屋史料館のある日本橋の高島屋東別館は近代の名建築としても知られる。旧松坂屋大阪店として1934(昭和9)年に建てられ、大理石をふんだんに使った内装、エレベーター周りや照明などの優美な装飾が目を引く。史料館は3階にあり、同館に行ったことのない人は、展覧会を鑑賞する際、1階の内装をじっくり見てもいいだろう。
展覧会は前期が2月12日まで、後期が2月14日から3月26日まで。日曜日・水曜日は休館。入場無料。
(文=編集委員・堀田昇吾、写真=沢井慎也)
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