等身大で迫る江戸のモード
婦女遊楽図屏風・大和文華館(奈良市) 古きを歩けば特別編・装い重ねて(3)
女性像の華やかさを誇る屏風は多いが、これほどの迫力も備えたものは珍しいだろう。六曲一双の空間に描かれたのは、ほぼ等身大の遊女ら18人。奈良市の大和文華館所蔵の「婦女遊楽図屏風」(国宝)は江戸時代前期の作とされ、当時のモードの粋を今に伝える。
■装束22領が鮮やかに
背景を省いた金地画面の中で目を引くのは鮮やかな装束だ。描かれた小袖や打ち掛けは畳まれたものも含めれば22領を数え、さながらファッションショーのようだ。
例えば右隻の左手で寄り添う遊女らは、1人が紫のたすき紋の中に赤と緑の桐(きり)紋を置いた小袖、相方が黒地に金色で丸い竜の紋が浮かぶ振り袖、と対照の妙を見せる。その隣の遊女の小袖では、オレンジ色のような地に、波打ち際でウサギが跳ねる。
この屏風は九州・平戸藩の松浦家が買い求めたもので、「松浦屏風」とも呼ばれる。作者は不明で、町絵師との見方もある。長らく行方が分からなかったものを、美術史家の故矢代幸雄・同館初代館長が見いだしてコレクションに加え、その後国宝となった。
■陰影少なく、くっきり映る文様
当時の遊女は書画や琴をたしなむなど教養豊かで、華やかな暮らしぶりは注目の的だった。中部義隆・学芸部長は「絵が描かれた目的は分からないが、当代最高のファッションを凝縮させて眺めたいとの思いもあったのではないか」とみる。
着物は衣紋線による陰影があまりなく、ストレートに文様が目に飛び込む。「着物を等身大で貼り付けたようで、コラージュに近い印象もある」(同部長)という。
以前、福岡県の九州国立博物館で展示された際には、描かれた衣装を再現。地元の服飾専門学校生によるファッションショーと"競演"したこともある。大胆なデザインは今も色あせないようだ。
もうひとつの特徴は描き込まれた工芸品の多さ。ガラス鉢やたばことキセル、取っ手のついた鏡など南蛮貿易でもたらされた工芸品が目に付く。左隻の左端では遊女2人がトランプの一種のようなカードゲーム「天正かるた」に興じ、右隻右端にはすごろく盤が見える。現存する天正かるたはごくまれなため、かるた研究のために訪れる人もいるという。
技法について中部部長は「初期洋風画の影響を受けたのではないか」と指摘する。初期洋風画はキリスト教と共にもたらされた西洋画法に基づき日本で描かれ、当初聖画が中心だった。「大きな人物像を描く上で、絵師が参考にしたのも聖画が多かったのでは」
■日本的表現と異なる体の輪郭線
かるたに興じる遊女などは、体の輪郭線が従来の日本的表現とは異なるという。「足の形がある意味不自然で、手本とした絵からの転用ではないか」と推測する。
婦女遊楽図屏風は同館のコレクションでも高い人気を誇る。三重県立美術館館長の井上隆邦館長もこの絵に魅せられた1人だ。井上氏は現代美術が専門で、ベネチアビエンナーレへの出品選考などに携わってきた。30年以上前に初めて訪れ、偶然目にした画面に、「ダイナミックでどことなくオペラの舞台をほうふつとさせる」と鮮烈な印象を受けたという
井上氏は以前、奈良国立博物館館長だった故鷲塚泰光氏と国宝の定義について語り合い、素晴らしい美術作品には気品や自由闊達な精神があると感じたという。数年前にこの屏風の前に再び立ち、「現代美術でも古典でもそれは同じ。約30年ぶりに見て、そのことを改めて思い出した」と話す。
自由闊達さに満ちたこの屏風は、毎年春の訪れを告げるように公開される。「大和文華館の『プリマヴェーラ(春)』(ボッティチェリ作)と呼んでいます」と中部部長は笑う。2013年の公開は4月5日から5月12日までの「人物画名品展」となる予定だ。
(文=中川竜、写真=伊藤航)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。