「28歳で課長」早めの登用は業績にプラス
女性活用&業績アップの決め手(2)
「昇進したときは、素直にうれしかった」
野村証券でデリバティブのトレーディングを手掛ける谷春野さん(29)は、2012年4月に28歳の若さでヴァイス・プレジデントに昇進したときの気持ちをこう語る。部下なしではあるものの課長相当職となり「取れるリスクが大きくなり、やれることが広がった」と気負いなく語る。
大学時代に金融工学を専攻し、デリバティブの仕事を希望して入社。2010年に「グローバル専門職」のコースができたときには、まっさきに手を挙げた。今の世界で「谷さんあり」といわれるように専門性を究めたいという。もっと上の職位を目指したいかと尋ねると「もちろん」と間髪入れず答えが返ってきた。「より大きな責任ある仕事を任せてもらえることは幸せですから」
一瞬、東京・大手町にある日本企業のオフィスであることを忘れるような会話だった。谷さんの仕事意識は、外資系の金融企業に勤めるグローバル人材のそれなのだろう。
なでしこ企業は、最年少管理職が男女ともに若い
2013年秋に「日経マネー」誌は、企業業績でも女性活躍推進でも成果を上げる企業10社を「日経マネーなでしこ銘柄」として選定した。10社の特徴を分析したところ、性別・年齢にかかわらず管理職登用を進めている企業が多いことが分かった。それを端的に表すのが、最年少管理職の男女別年齢だ(図1)。
野村証券の場合は男女ともに28歳、男女いずれも30歳前後の会社も3社ある。リクルートワークス研究所の調査によると、課長昇進年齢は全国平均で38歳前後だから、かなり「早めの昇進」といえる(図2)。早めの登用を進める企業は、何らかの形で外資系の実力主義の影響を受けている業界・企業が多い。
かねてより若手役員の登用も進めてきた野村証券の場合、2008年に旧リーマン・ブラザーズの欧州・アジア事業を買収したことで、実力主義の導入が加速した。現在、課長クラスでは女性比率5.7%にとどまるが、課長代理クラスでは男女ほぼ半々となっている。
日経マネーなでしこ銘柄のひとつである高島屋もまた、最年少管理職が男女ともに31歳と若手の登用を進める。「我が社に男女の差別は一切ない。あくまでも適材適所。その中でも若手にチャレンジさせることには力を入れる」と、鈴木弘治社長は折に触れて社員に語っているという。
高島屋立川店のセールスマネジャー吉田有紀さん(31)は、30歳のとき同期一番のりで課長試験に合格した。現在は立川店3階の婦人服フロア1800平方メートルの売り場を統括する。年間売り上げ約18億円の販売管理から、社員・販売スタッフらの人材育成まで、吉田さんの腕にかかっている。あるとき、取引先から派遣された年上の販売員に「毎朝全員にあいさつするのはあなたの役目じゃないの」と言われてはっとした。「言葉が届いていなかった」と反省して、毎日一人ひとりに声がけをしてスタッフのモチベーションを上げている。
「課長職となり、一つ一つのブランドについて会社全体での位置づけも考えるようになった」と早くも経営者の目線で語る。
出産の前に「早めの昇進」で登用してしまう
かつて男性社員中心の同質な企業集団で、雇用の流動性もなかった頃は、「遅めの昇進」で全員に「いつかは管理職になれるかも」と頑張らせることで生産性を上げることができた。しかし経済環境の変化により「遅めの昇進では、優秀な人材を失ってしまうコストが大きくなってきている」と一橋大学の川口大司教授は指摘する。
とりわけ「女性社員が増えてきたいま、有能な人に残ってもらうには管理職登用で『早めのシグナル』を出す必要がある」という。管理職への選抜が遅い企業では、昇進の可能性がある女性社員に会社側の期待が伝わらず、女性は出産の選択肢も考えて辞めてしまう傾向があるという。
2013年11月に『提案・女性リーダーをめぐる日本企業の宿題』を発表したリクルートワークス主任研究員の石原直子さんもまた、女性管理職を育てるには「27歳でリーダー職級に」と提案する。「27歳くらいまでに係長クラスでもいいのでリーダー職につけて成功体験をつくれば、出産で辞めなくなる。育休から戻っても頑張ろうと思う」という。出産という女性特有のライフイベントの前にリーダー職につけてしまうことが、長い目で見ての管理職育成につながるというのだ。
実際に野村証券の谷さんは「結婚、出産しても、仕事スタイルを変えるつもりはまったくない」とさらりと言う。高島屋の吉田さんも、社内に子育て中の女性管理職が数多くいることもあり「子供を産んでも、仕事をあきらめなくてもいいという安心感がある」と語る。
結婚・出産はこれからという未婚の女性社員が「両立に不安はない」と言い切ることができるのも、「早めの昇進」で少しずつ自信をつけ、仕事の足場を固めているからだろう。
女性管理職を登用する企業ほど、業績がいい
日経マネー誌が選んだ「なでしこ銘柄」の財務状況を、調査対象とした上場企業350社と比べると、総合的に財務が平均を上回って良好なことは、前回述べた通りだ。さらに細かく、4つのなでしこ指標「機会均等度」「管理職登用度」「ワークライフバランス度」「女性活用度」と財務の関係を分析したところ、「女性管理職登用度」と財務との相関が最も高いことが分かった(図3)[注]。
~なでしこ指標と財務指標との相関が高いのは「管理職登用度」、続いて「機会均等度」~
女性管理職の登用が進むほど、「効率性」「成長性」が高くなっている。分析を手掛けた日興フィナンシャル・インテリジェンスの宮井博専務は「性別問わず平等に評価されることが、女性のみならず従業員全員のモチベーション向上につながっているのだろう。これこそ企業の成長につながる」とみる。
加えて早めの選抜を行うことは、「社員の能力を無駄なく使おうという企業の姿勢の表れだ。これが業績アップにつながるのだろう」と、石原さんは分析する。
「いつかは管理職になれるかも」という幻のニンジンをぶら下げて、40代を迎えるまで社員を競わせながら人材育成をする日本型雇用は、日本企業も社会も成長し続けることが前提条件だった。そうした「右肩上がり」の夢は終わりを告げ、男女ともに早めの選抜で有能な人材を引き留めて生産性を上げる時代を迎えている。厳しい時代ともいえるが、有能な女性の力を生かし切るなら「早めの昇進」は明らかにプラスに働く。それが企業の業績向上にもつながるといえそうだ。
(日経マネー 野村浩子)
[日経マネー2014年1月号の記事を基に再構成]
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