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感情の揺れとらえるキアロスタミの魔術 カンヌ映画祭リポート2012(3)

2012/5/24

 アッバス・キアロスタミの姿を初めて見たのは20年前のカンヌだった。路地の向こうから大柄で浅黒い肌のサングラスの男が、背を少し丸めて歩いてきた。ちょっと黒澤明みたいだと思った。ある視点部門で「そして人生はつづく」が上映された1992年のことである。後に「90年代で最も重要な映画作家」と評されるイラン人監督にとっても初めてのカンヌだった。

■日本で撮影した日本語映画

アッバス・キアロスタミ監督「ライク・サムワン・イン・ラブ」

 「そして人生はつづく」は同年の東京国際映画祭でも上映され、キアロスタミも来日した。以来20年、東京で、山形で、横浜で、何度も会って、話をした。「あのころはみんな子供だったねえ」などと、冗談交じりのおしゃべりをしながら、その言葉がいつしか詩となって、世界に突き刺さる。鷹揚(おうよう)というか、融通無碍(ゆうづうむげ)というか。その作品と同じように、その人柄に魅了され続けてきた。

 日本好きのキアロスタミが日本人俳優を起用して、日本人スタッフと共に、日本で撮影した、日本語の映画がついにできあがった。「ライク・サムワン・イン・ラブ」。5月21日夜の公式上映で、俳優の高梨臨、奥野匡、加瀬亮とキアロスタミ監督がパレの赤じゅうたんを歩いた。上映後は満場の拍手が送られた。

 シンプルな物語である。風俗嬢のアルバイトをしている女子学生の明子(高梨臨)が一夜の指名を受ける。上京した祖母と会うかどうか迷っていた明子だが、駅前広場で待つ祖母の姿をタクシーの窓から垣間見るだけで、男の家に向かう。男は元大学教授の老人(奥野匡)だった。翌朝、明子を大学まで送った老人は、明子の恋人ノリアキ(加瀬亮)と出会う。ノリアキは老人を明子の祖父だと勘違いする……。

 1日にも満たない話だが、その間に何が起こったのかはつまびらかにしない。イタリアで撮った前作「トスカーナの贋作」もそうだった。ただ、男と女が出会い、とりとめのない話をする。もうひとりの男が現れ、またとりとめのない話をする。その間の感情の揺れだけが、流麗な映像のなかに鮮やかにとらえられている。

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