日本一の地下道、逆さスカイツリー…東京ふしぎ旅行

銀座に「日本一古い地下街」

現役最古の地下街「三原橋地下街」は銀座の異空間。入り口には橋桁が見える

東京にはまた、現存する最古の地下街がある。東銀座の「三原橋地下街」だ。開業したのは1952年(昭和27年)。当時の雰囲気を今なお残す、貴重な「レトロ地下街」だ。

東京の地下街はそのほとんどが駅とつながっているが、ここは独立した空間となっていて、地上から直接階段で出入りする。地下街のさらに下には地下鉄の銀座駅と東銀座を結ぶ地下通路があり、そこともつながっていない。地下街の入り口には、かつてここにあった三原橋の橋桁が今も残る。実は、この地下街はかつて川の底だったのだ。

もともとこの周辺には三十三間堀川という運河が流れていた。しかし終戦後、戦災で生じたがれきの処分先としてとして埋め立てられた。その際、運河に架かる三原橋は撤去されずそのまま残った。階段を下りるときに見えるアーチ状の鋼材が橋桁だ。地下鉄日比谷線建設の際には撤去するはずだったが、「構造上、逼迫していない」(東京都建設局)という理由で見送られたという。

東京にはかつて、「日本最初の地下街」もあった。地下鉄神田駅に隣接する「神田須田町地下鉄ストアー」(須田町ストア)だ。しかし2011年1月末、最後まで残っていた4店が閉店。1932年(昭和7年)から続いていた歴史は、79年で幕を閉じた。

ちなみに浅田次郎の小説「地下鉄に乗って」では、主人公の勤める衣料品会社は神田駅の地下鉄ストアの中にある設定。作中、須田町の地下街について「盛時には三十数軒もひしめいていたという店舗のほとんどは、無意味な空間になっている」との描写がある。小説の味を引き立てたレトロな地下街は現在、ただの地下通路になっている。


消えた「伊勢丹発祥の地」の石碑が見つかった

かつての石碑(三越伊勢丹ホールディングス提供)
かつて石碑があった場所には台座だけが残されている

電気街、そしてサブカルチャーの街として世界にその名をとどろかせる秋葉原には、意外な「発祥の地」がある。伊勢丹だ。

場所はかつて「ヤマギワリビナ本館」(2010年8月に閉館)があったところ。1886年(明治19年)、伊勢庄呉服店に奉公していた小菅丹治がのれん分けとして「伊勢屋丹治呉服店」を開いたのが創業だ。

なぜこの場所だったのか。同社の社史によると、神田旅籠町と呼ばれていたこのかいわいは当時、商業の中心地区としてにぎわっていたという。すぐそばを流れる神田川にはコメや炭などを運ぶ船が行き交い、店の前を通る中山道には多くの人出があった。秋葉原は人やモノが集まる交通の要衝だった。

ヤマギワリビナ本館の跡地には2011年の春先まで、「伊勢丹発祥の地」という石碑があった。しかし今は台座があるだけで、姿を消している。昨年、記事を書いた時点ではどこにいったのかわからなかったが、その後消息がつかめた。創業家である小菅家に保管されているとのこと。同社に「引き取りたい」との申し出があったらしい。


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