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東京ふしぎ探検隊

マクドナルドに幻の1号店 外食店発祥の地を歩く 東京ふしぎ探検隊(6)

2011/7/15

東京・築地市場内にある吉野家1号店。常連客が多い

ハンバーガーを食べながらふと考えた。今でこそあちこちにあるチェーン店だが、最初の店はどこだったのだろう。「マクドナルド」は有名だが、「モスバーガー」や「ロッテリア」はどこか。ハンバーガー以外のチェーンはどうだろう。牛丼や回転ずしは……? 調べてみると、そこには創業にまつわる興味深い物語が潜んでいた。

■マクドナルド1号店は茅ケ崎の予定だった

世界を代表するファストフードチェーン、マクドナルド。日本での1号店は銀座、というのはご存じの方も多いだろう。今から40年前、1971年7月20日火曜日、銀座三越の1階に開業した。だが当初、米国のマクドナルドは別の場所を1号店にと考えていた。神奈川県茅ケ崎市だ。

東京・銀座に1971年7月開店した日本マクドナルドの1号店

1991年発行の社史、「日本マクドナルド20年のあゆみ」に経緯が詳しく書いてある。それによると米国側は自動車での来店を想定して、郊外にすべきだと強く主張したという。しかし、当時の日本はまだ、米国のような車社会ではない。藤田田社長(当時)は「最新の輸入品が登場するのは銀座。1号店は日本の中心である東京の銀座でなくてはならない」と訴えた。折しも前年から日曜と祝日の歩行者天国が始まり、銀座に注目が集まっていた。藤田社長は銀座、それも日本で最も地価が高い地点である銀座4丁目の通り沿いに出店するため、自ら三越と交渉したという。

現在の銀座三越。1階にはかつてマクドナルド1号店があった

76年7月26日付の「日経流通新聞」に藤田社長のインタビューが載っている。それによると、銀座店の準備と同時に「初めから捨てるつもりで茅ケ崎店を作った」。建物を用意し、チラシまで作ったというからしたたかだ。

三越への出店についてはこんなエピソードもある。三越側は営業時間内の工事を嫌がり、日曜日の営業が終わった午後6時から、定休日の月曜日を挟み、休業日明けとなる火曜日の午前9時までの間に工事を終わらせるよう要求。藤田社長はこの条件をのんだ。舞台装置の組み立てをヒントに作業手順を考え、36時間で完成させた。

銀座店はその後84年11月に閉店し、今はもう存在しない。地下鉄銀座駅のA8出口を出てすぐの場所にあったわけだが、炎天下の銀座を歩いても当時を思わせる痕跡はどこにもなかった。現存する最古の店は、2号店となった代々木店だ。銀座店開業の4日後、71年7月24日にオープンした。銀座店は持ち帰り専門だったので、客席がある店としては代々木店が最も古い。ちなみに、関西での1号店は京都の藤井大丸店で72年のことだった。

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