2013/10/4

東京ふしぎ探検隊

等々力・宇奈根・瀬田… 多摩川を挟んで同じ町名

等々力という地名は、東京都世田谷区と川崎市中原区の両方に存在する

川を境界線とした地域では、川の両岸に同じ地名が存在することもある。

サッカーJリーグ、川崎フロンターレのホームスタジアム、等々力(とどろき)陸上競技場の住所は川崎市中原区等々力。しかし「等々力」といえば東京都世田谷区にもある。東急大井町線の等々力駅周辺だ。

川崎市中原区と東京都世田谷区。なぜ同じ地名があるのか。「川崎地名辞典」(日本地名研究所編)によると、元はどちらも荏原郡等々力村に属していた。江戸時代初期には大きく蛇行していた多摩川に沿って南に張り出す半島状の土地だったという。しかし度重なる洪水や多摩川の改修によって川の流れが変わり、現在の川崎市側が飛び地化した。

それでも川を挟んで頻繁に行き来があったようだが、「1912年(明治45年)に多摩川を当時の東京府と神奈川県の境界と定めたことで、完全に分断されてしまった」(地図研究家の今尾恵介さん)。

ちなみに等々力という地名は水流がとどろく音に由来するらしい。

多摩川沿いにはほかにも同じ地名、似たような地名が点在している。

たとえば世田谷区と川崎市高津区には宇奈根、瀬田がある。世田谷区には上野毛、川崎市高津区下野毛とどちらも「野毛」を含む。大田区下丸子と川崎市中原区の上丸子、中丸子なども「丸子」でつながっている。いずれも元は同じ村に所属していたが、明治45年の府県境変更で分断された。

埼玉県に練馬区の飛び地 40年近く編入できず

最後に都県境をまたいだ飛び地をもう一つ。

練馬区西大泉町は、埼玉県新座市にある飛び地(iPhoneの地図アプリ「地図マピオン」で表示)

東京都練馬区と接する埼玉県新座市には、練馬区の飛び地がある。その名も「西大泉町」。飛び地だけに与えられた地名だ。面積わずか0.002平方キロメートル。住民も十数人しかいない。

練馬区によると、飛び地ができた経緯は不明。ただし1974年(昭和49年)にはこの地を新座市に編入する方針を打ち出している。それが40年近くたった今も変わっていないのは、住民が反対しているからだという。

現地を歩いてみた。飛び地の周囲は閑静な住宅地で、この一画だけ東京都といわれてもぴんとこない。しかし道に置いてある消火器には「練馬区」と書いてあり、ここが飛び地であることが分かる。少し離れた場所には新座市所属の自治会の看板があり、住民の名前が1戸ずつ書いてある。看板をよく見ると、飛び地の一画だけはただ「東京都」と書いてあった。

目には見えない境界線。そこでは複雑な事情が絡み合い、歴史が積み重なっている。たかが1本の線ではあるが、動かすのは容易ではない。(河尻定)

練馬区の飛び地には、練馬区の消火器が置いてあった
新座市には練馬区とは別の消火器があった

読者の皆様のコメントを募集しています。
コメントはこちらの投稿フォームから