成長続くアジアで武者修行 キャリア磨き凱旋帰国

「自分の意志を明確に伝えないと、中国人には理解してもらえませんよ」。人材サービス大手、インテリジェンスで働く石黒裕美さん(35)は、海外で働きたい日本人向けに就職支援を手掛ける。自身も約5年間、中国で働いた経験を持つ。
日本の大手信託銀行を新卒入社後2年目に辞め、2003年に中国・上海の不動産会社に転職した。成長著しい中国のパワーを体感したいと考えた。
中国で得たのはタフな交渉力だ。不動産会社では、短納期の工事を渋る業者を説得し続けた。現地の人材紹介会社勤務時には、中国企業と不利な契約を結ばないよう確認を重ねた。服を買ったりタクシーに乗ったりする時も中国では交渉の連続。「生活の中でしぶとさが染みついた」
働き方も刺激になったという。中国の労働環境は男女平等だが競争も激しい。「中国人女性ははっきりした意志を持ち、上昇志向が強い。キャリアアップのための転職も当たり前だった」。仕事に積極的な同世代の女性に囲まれ、自らの仕事にもより前向きになれた。

5年間で一通り経験したと実感。「日本でキャリアを積みたい」と09年、インテリジェンスに転じた。同社が力を入れる海外向け求職支援事業の成長を担う。
日本で新しいスタートを切ったばかりの人もいる。寺嶋春菜さん(31)は香港で7年間強仕事をし、今年帰国。今はとんかつチェーン「新宿さぼてん」を経営するグリーンハウスフーズ(東京・新宿)の社員だ。
父親の仕事の関係で親しみのあった香港に24歳の時に渡り、日本食レストランのウエートレスや、沖縄物産公社の現地コーディネーターとして働いた。さらに「食関係の仕事を追求したい」と、日系のパンの製造・販売会社に移った。
仕事を切り開くたくましさを身につけた。「香港では結果重視の実力主義。店舗設備や内装、マーケティングや売り上げ管理まで自力で手掛けるしかなかった」。最後はマーケティングマネジャーに抜てきされた。


30歳を過ぎ、改めて日本で生活を築こうと帰国を決意。現在は、子会社が運営する和食店などを回って収益状況などを聞き取り、改善を図る。香港で得た「食」のノウハウに加え、人懐こさとポジティブ思考が持ち味だ。同社が手掛ける中国料理店などにも自らの経験をいかせればと考えている。
2008年のリーマン・ショックを境に海外、特にアジアに職を求める女性が増えている。
リクルートホールディングスのアジア転職サイトの登録者数は13年1~9月で約4200人。年間ベースでは3年前より7割増えた。男女比は半々だが、実際に踏み切る人は女性の方が多いという。
外務省の海外在留邦人数調査統計でも、3カ月以上海外に滞在している日本人124万人(2012年10月1日現在)の52%は女性で男性を上回る。「女性は、長期雇用を良しとする社会通念に比較的縛られにくい人が多く、フットワークが軽い」(リクルートホールディングス)。自由に挑戦ができる若いうちに海外で経験を積み、成長したいと考える女性は少なくない。
同社が10月に都内で開いたアジア転職支援セミナーに参加した米津みどりさん(25)は、貿易会社で事務の仕事をしている。大学時代に1年間、米国留学を経験していて海外駐在が希望だが、今の会社では望めそうもない。このためシンガポールやベトナムでの転職を検討している。「成長するアジアの国で自分も成長したい」と将来を見据える。
帰国後のキャリアを考え仕事選びを

アジアに強い人材紹介大手、ジェイエイシーリクルートメントによれば、転職の渡航先で一番多いのは、英語圏で治安もいいシンガポール。ビザが下りやすく仕事の選択肢も多い。タイやインドネシアの希望者も多い。現地に進出している日本企業向けの営業、エンジニアなど職種の幅も広がっている。
それでも、海外転職して永住する人はごくわずか。いずれは日本に戻りたいと望む人が大半だという。ジェイエイシーの莇(あざみ)朋代マネージャーは「帰国後に就きたい仕事を思い描き、それに必要なステップを考えて仕事を選ぶ。そして『3年間はここで働く』と決めたのなら、その年数は奉公する気持ちで。そうすれば得られるものが必ずある」と助言する。
海外に飛び出し、仕事をするうちに進むべき道を見つける人もいる。だが、海外で働くことだけを目的にしてしまうと、目的もなく年月を過ごしてしまいがち。帰国しても海外転職が「キャリアの断絶」(莇さん)になってしまう。そうならないためには、より戦略的な計画を持って臨むことが不可欠のようだ。
(福沢淳子、栗原健太)
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