ママの職場復帰を夫がアシスト 男女共働、家庭でも
働き方見直すきっかけに
優しいお母さんの顔が教壇では頼もしい先生の顔に変わる。白滝美里さん(34)は1年ほど前から、職業訓練をする多摩情報経理学校(東京都国分寺市)でパソコンや簿記を教えている。
大学を卒業し、学習塾の講師として働いた。相手は小中学生。受験を控えた子どもに、午後9時30分までみっちり向き合ってきた。
2年前、娘の出産後に職場を離れた。専業主婦は楽しかったが「もう一度、感謝される仕事がしたい」と思い、復帰を模索した。夜に授業がある学習塾は難しいが、教壇で教えるスキルを生かせる専門学校の講師を選んだ。
■家事をシェア
教壇への復帰を後押ししたのは夫の存在だ。白滝秀平さん(41)は健康食品を販売するサントリーウエルネス(東京・港)で、ネット通販の仕組みを構築する。午後8時すぎに帰宅し、娘と風呂に入り、洗濯物を畳んだり、部屋を片付けたりと家事をこなす。料理は美里さん、掃除洗濯は秀平さんが担当する。
秀平さんは2人の部下を持つ課長代理。共働きになった昨年から、朝一番の5分間で部下と当日の課題を確認し合うことにした。「今日の課題」を明示し、効率性と時間管理を強く意識するようにした。
なかなか終わらない仕事は15分でやり方を見直す。長引きそうな会議は夕方以降には始めない。時間内で仕事をこなす意識を強めると、仕事のあり方も変わってきた。残業に依存する働き方を自ら改めることで、共働きの妻を支える家事のシェアが可能になる。
■朝は夫、夕方は妻
朝は夫、夕方は妻。そんな家事分担の夫婦もある。
今井博一さん(36)と今井真理子さん(34)は共に日本アイ・ビー・エムに務めている。「女性は朝、忙しいから」。朝食の支度や洗濯物を干すのは博一さんの仕事。その間、真理子さんは身支度し、朝9時の定時出社のため、一足早く家を出る。博一さんは3歳の息子を保育園に送る。上司には出社時間を10時までにしてよいとの許可をもらった。
夕方は真理子さんが育児早退制度を使い、定時より20分ほど繰り上げて退社する。自宅に到着するのは午後7時頃だ。ほどなく、近くに住む母が子供を連れてきて午後7時30分ころから夕飯。博一さんの帰宅は毎日午後11時頃だ。
家事の分担について特別細かな取り決めをしたわけではない。「仕事も家事も補い合ってできた方がいい」(博一さん)と自然に今の役割が決まった。「客観的に見て協力してくれている」(真理子さん)との評価が「土日に出社せざるを得ないときも『仕方がない』と理解してくれる」(博一さん)という好循環を生んでいる。
■子どものお迎えも分担
7歳と3歳の子どもを持つ西田隆彦さん(39)は三菱化学でタイヤ原料の営業統括として働く。多忙な営業職場で帰宅はたいてい午後9時すぎ。妻の由美子さん(37)も公益法人の事務職でフルタイム勤務をする。
夫婦の協力がなくては、家庭と仕事の両立は困難だ。隆彦さんは帰宅後に洗濯し、浴室乾燥機を使って1日分の洗濯物を仕上げる。週1回程度、由美子さんの残業時は保育園のお迎えも担う。
妻のフルタイム勤務を支えるのは家事の役割分担だけではない。働く女性を悩ませる、急な発熱による保育園からの「お迎え要請」。西田さん夫婦は連絡を取りあい、その時に席を外しやすい方が保育園に向かうという。病気の子どもを休ませるときも、すべてが由美子さんの負担では仕事が回らない。隆彦さんがパソコンを持ち帰り家で仕事をすることもある。
三菱化学は1日の勤務時間7時間45分のうち、必ず勤務していなければならない時間帯は定めていない。勤務時間は月間単位で調整できるため、急なお迎えや休みにも制度上、対応できる。
数年前まで、制度はあるが、「子どもの発熱で営業統括の男性社員が休む」ことは難しいとする空気があったのも事実。それが、「30代までの社員の多くは共働き」(三菱化学人事部の前川博昭グループマネジャー)となり、家庭の事情を受け入れる雰囲気に社内が変わってきたという。
■日本ではトップダウンが必要
もっとも、男性中心の日本企業で、男性の家事・育児への参加に理解が進んでいる企業はまだ一握り。2012年度の男性の育児休業取得率は前年度から0.7ポイント下がり、1.89%にとどまった。
「日本企業は男性社会。トップが意識を変えるのが一番の早道」。ニッセイ基礎研究所の松浦民恵主任研究員はトップダウンの必要性を説く。
それを実践した企業がある。グループウエアソフトを開発するサイボウズの青野慶久社長(42)は2010年8月に育児休業を2週間取得した。
トップの決断に社員は反応した。7月末に妻が出産を予定している杉山浩史さん(36)は今夏、育休2週間の取得を決めている。男性の育休取得はサイボウズではもはや当たり前だ。
1997年に起業してからがむしゃらに働き続けてきた青野社長が突如、育休を取るきっかけになったのは、自宅のある東京都文京区の成沢広修区長の言葉だった。
2人の長男は偶然にも同じ日の生まれ。成沢区長は青野社長より前に、自治体の首長として初めて育児休業を取得していた。その成沢区長から声をかけられた。「育休取りなよ。きっと大きく報じられるから、仕事につながるよ」
サイボウズが青野社長の育休取得を発表すると、多くのメディアが食いついた。「休むだけで、これまでにないほどの反響があった」。
だが、11年末に生まれた次男のときはまったく様子が違った。体が弱かったため育児と真剣に向き合う必要に迫られた。半年間、水曜日を家事と育児の日に充て、会社を休んだ。出社日も午後8時には退社し、家事と育児に取り組んだ。
仕事を続けたいのに離職を迫られる女性はまだ多い。その大きな理由が、「夫の平日の子育てへの関与が難しいこと」(三菱UFJリサーチ&コンサルティングの矢島洋子主任研究員)だ。逆に言えば、夫の家事分担が多ければ、妻が職場に復帰する強力な支えになる。
共働き世帯は金融危機があった1997年以降、専業主婦世帯を上回っている。リーマン・ショック以降、増加ペースは上がり、2012年には共働き1054万世帯に対し専業主婦世帯は787万と差が広がっている。
働き続ける女性が増えたことで、結婚相手に求める条件も変化している。相手の収入や地位を重視した「三高」は昔の話。結婚紹介サービスのパートナーエージェント(東京・品川)の調査では、未婚女性に人気の職業1位に浮上したのは公務員だった。「高給でなくても安定し、共に働く余裕が得やすい」。公務員人気の背景に、そんな女性価値観の変化がある。
人生の大イベントである出産、子育て。その喜びとともに、負担も分け合うために、男性も企業も意識を変え始めた。家庭でも男女が共に働こう。新しいスタンダードは少しずつ広がっている。
(宇野沢晋一郎、黒瀬幸葉)
電通総研が2012年、全国の23~49歳の独身女性600人を対象に実施した調査では、結婚相手の男性に求める条件として上位にあがったのは「安心できる」「信頼できる」「一緒にいて楽」「価値観が近い」の4項目だった。仕事や収入が「安定」していることが大事だという。
バブル期に流行語ともなった「三高」が示す、「高学歴」「高収入」「身長が高い」という条件は以前ほど重要視されていない。
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