社会へのドア、ビジコンが開く 大人が生徒を後押し
日本の高校生はどこへ(下)

高校生は学校のあり方や周囲の環境をどう受け止め、対応しているのか。日本の高校生が向かう先を考える連載の3回目(最終回)は、課外活動などとして生徒が事業モデルのアイデアを競い合うビジネスコンテスト(ビジコン)に焦点を当てる。若者にどんな変化がもたらされるのか。
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ビジコンが盛んになっている背景のひとつに、小論文や面接などで大学の合否が決まるAO(アドミッションオフィス)入試の広がりがある。コンテストの結果が自己PRの材料になるからだが、生徒のメリットはそこにとどまらない。経験者が口をそろえるのは「社会とつながる機会になった」ということ。新型コロナウイルスの影響で、当面はどのビジコンもオンライン以外での開催が難しい状況だが、高校生が自分の可能性や社会との関わりに気づく機会として、その価値は増している。
全国から400校を超す参加
日本政策金融公庫が主催する「高校生ビジネスプラン・グランプリ」は、2019年度の参加校が409校と過去最多だった。普通科だけでなく、商業科など専門学科のある高校の生徒が全国各地から挑戦しているのが特徴だ。
京都府南端の木津川市にある府立木津高校システム園芸科3年の近美夕子(ちかみ・ゆうこ)さんは、18年度に優勝、19年度は審査員特別賞の実績を残したメンバーのひとり。19年度に仲間3人で発表したテーマは「Kakishibuを世界基準に!」。塗料や染料などに使う地元名産の「柿渋」に着目。その成分(カキタンニン)で紙袋をコーティングし、耐水性や強度を高めて販売するプランだ。プラスチックのレジ袋からの代替が進めば、世界のプラゴミ削減につながると考えた。
「家からできるだけ近い高校がいい。放課後は家でのんびりしたいから」。近美さんが木津高を志望した理由だが、入学後に担任となった松田俊彦さん(現在は京都学園中学・高校教諭)との出会いが、その放課後を変えた。松田さんはかつて府立桂高校(京都市)で同グランプリのファイナルに教え子を何度も送り込んだ経験の持ち主。ビジコン挑戦の熱心な働きかけに近美さんも動いた。

受け身だった近美さんが、少しずつ積極的な姿勢をみせるようになった。実証試験が必要と考えて近美さんがアプローチしたのが、カジュアル衣料専門店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリング。本社に手紙を送り、店で使う袋を柿渋紙袋に転換してみないかと提案した。「ダメ元」だったが、思いがけずファストリ側から前向きな回答があり、府内の店舗での試験導入が決まった。「あんな大きな会社が、こんな田舎の高校の取り組みに反応してくれるなんて」。感激だった。
近美さんは「すてきな大人がたくさんいることを知りました。フットワークが軽くて好奇心にあふれる方が、私たちの活動に興味を示してサポートしてくれた。『いい大人の見本』のみなさんに憧れるようになった」と語る。
生徒をビジコンに導いてきた松田さんは一貫して「高校と社会の乖離(かいり)を埋めたい」と思い続けてきた。職業と関連が深い専門学科であれば、社会と接するチャンスがもっとあっていい。「ビジコンに出ることで社会とつながりができる。生徒の甘えがなくなり、自分で考えるようになる」。生徒が自ら成長する力への信頼が根底にあるようだ。
静岡県立伊東商業高校(同県伊東市)の教諭、米山圭一郎さんも、日本公庫のビジコンを通じて生徒を刺激し続けてきた。商業科の選択科目「生活に役立つ経済学」を受ける生徒に呼びかけ、14年度に初参加。15年度から5年連続で同じ校内の複数チームのプランが「ベスト100」に選ばれた全国唯一の学校になっている。
米山さんは同校の生徒について「勉強にコンプレックスがあり、おとなしく、人の後ろをついていくタイプの生徒が多い。なんとかその背中を押してやりたい」と話す。ビジコンは商業科の本領を発揮できる、うってつけの舞台でもあった。
自分の変化に驚く
19年のベスト100になったのは「"ナマコ"が温泉地の人気お土産品に大変身!?」というプラン。地元で多く水揚げされるナマコに美容成分があることを生徒が知り、乾燥ナマコの粉末を温泉まんじゅうに練り込んだ「なまこ饅頭(まんじゅう)」を考案。地元の菓子メーカーに協力を依頼し、商品化した。

企業への最初の電話から訪問、交渉まで、すべて生徒が担った。メンバーのひとりで今春卒業した後藤史華(ごとう・ふみか)さんは、自分が大きく変わったことを実感した。「年上と話す機会が多くなった。会社に取引を持ちかけるなんて、高校生がめったにできる経験ではないですよね」と振り返る。
同じ学年だった杉本和佳奈(すぎもと・わかな)さんは人生の進路が変わった。入学当時は「将来は事務職と決めていた。あまり話さなくていいイメージがあったから」というほど、人と話すのが大の苦手。ビジコンも授業に組み込まれているから参加したのが正直なところだった。
サイズが小さく市場に出回りにくいサバの活用プランを考えているうち、サバに関わるビジネスに興味がつのった。そしてプランづくりへの協力を依頼したサバずし専門店の鯖や(大阪府豊中市)に就職し、4月から東京都内の店舗で働いている。杉本さんは「あんなにコミュニケーションが苦手だったのに、自分に驚いています」と笑う。
江戸川学園取手高校(茨城県取手市)の1年生、黒田諒さんも、ビジコンで自分が変わったと感じるひとりだ。黒田さんは中学3年だった19年に仲間3人で参加した「モノコトイノベーション」で優勝した。

モノコトイノベーションは、創造力を育成するための体験授業などを手がけるキュリオスクール(東京・目黒)が主催する中高生向けのビジコン。提示された課題の解決に役立つモノを競い合うが、発表までの過程を企業がサポーターとして支援する仕組みになっている。
家庭用品大手のライオンがサポーターとなった黒田さんのチームは、中高生がスマホから離れる時間をつくるための装置を提案した。クマのぬいぐるみのような装置にスマホを置くと、LINE(ライン)などで連絡が入っても「今は休憩中だよ」と自動返信することができる。中高生の「未読のまま無視されるのはいや」という気持ちに寄り添っていると評価された。
黒田さんはライオンの研究開発部門であるイノベーションラボの若手社員と接するうちに「苦手意識があった目上の人とのコミュニケーションが苦にならなくなった。今では先生や先輩にどんどん質問できる」と話す。黒田さんの母親も「時間を守り、丁寧な言葉を使うなど、生活態度に変化があった。社会で働く方と一緒に活動する中で責任感も出てきた」と喜ぶ。
連載の1回目で紹介した日本財団の意識調査では、日本の17~19歳は「自分で国や社会を変えられると思う」との回答が18.3%、「社会課題について、家族や友人など周りの人と積極的に議論している」は27.2%にとどまり、米英中韓を含む9カ国の中で際立って低い数字だった。その背景を考えて、木津高の近美さんの言葉が浮かんだ。「これまで自分と関係ないと思っていた社会の課題に目を向けるようになった。すべて自分と無関係じゃないって思える」。ビジコンはなぜ近美さんを変えられたのか。そこにヒントがある。
ビジコンだけでなく、いろいろな場があっていい。きっかけさえあれば、高校生は動きだす。自分にも何かできる、ひとりではなく社会と関わっている、そんなことも実感するようになる。きっかけをつくるために、例えば「大人になるって面白いよ」と後押しできるのは、ほかでもない、大人だ。
(藤原仁美)
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