シンプルな物語に世界が映る ダルデンヌ兄弟の新作
カンヌ映画祭リポート2014(9)
ベルギーのジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟の映画は至ってシンプルだ。公式カタログのあらすじはいつも2、3行しかない。20日、コンペ部門で公式上映された「トゥーデイズ、ワンナイト」の場合はこうだ。
「トゥーデイズ、ワンナイト」 ボーナス返上かレイオフか、同僚を説得する主人公
「サンドラは週末に同僚たちを訪ね、彼女が仕事を続けられるように、ボーナスを犠牲にしてくれと説得する。夫に手伝ってもらって」
それだけの話なのだが、そこに世界の現実と人生の真理とが映っているところがすごい。
週末、寝ていたサンドラ(マリオン・コティヤール)の携帯が鳴る。レイオフ(一時解雇)の対象になったのだ。会社は16人の従業員全員がボーナスを返上しない限り、週明けにサンドラのレイオフを実施するという。
ショックを受けたサンドラだが、気を取り直して同僚一人ひとりの家をまわることにする。夫が車を運転してくれる。
芋づる式に住所を聞きながら、訪問を続けるサンドラ。ボーナスをあきらめてくれないかという提案に対し、同僚の反応は様々だ。会社の態度に憤る人、サンドラの苦境に同情する人。逆にボーナスがないとローンが払えないという人、電気代も払えないという人もいる。彼らは「気の毒だが賛同できない」という。
平凡な暮らしを一皮むいたところにある経済社会の過酷な現実
家族の間で意見が割れて悩む人もいる。会社から締め付けられた人もいる。サンドラ自身も気が立って、支えてくれる夫につらくあたったりする。それぞれの家に、それぞれの暮らしがあり、それぞれの事情がある。
経済が縮小するなかで、雇用を維持するのは難しい。限られたパイを分け合うしかない。それが資本主義社会で生きる我々の現実だ。サンドラの行動はそんな社会で生きるための必然的な行動といえる。例えば荒野に残された開拓者や、宇宙を漂う飛行士のサバイバルと根本的に変わらない。
カメラはひたすらサンドラを追う。すべてのショットにサンドラがいる。その行動だけを注視する。レイオフが正しいのか、ボーナスカットが正しいのかを問うのではない。ごく平凡な暮らしを一皮むいたところにある経済社会の過酷な現実をあぶりだし、そこで生きる生身の人間一人ひとりの真情をすくい取る。
社会の現実と人生の機微。ダルデンヌ兄弟のシンプルな映画にはいつもその両方が宿っている。そして、誰もが懸命に生きている。だから心を打つのだ。
「ザ・サーチ」 ジンネマン監督「山河遥かなり」をリメーク
サイレント映画のスターの没落を描いた「アーティスト」が2011年のカンヌで男優賞を受賞し、一躍名を売ったフランスのミシェル・アザナヴィシウス監督。その新作「ザ・サーチ」も登場した。21日、コンペ部門で公式上映された。
「アーティスト」でサイレント映画のスタイルを取り入れて、あっと言わせた才人が今回挑んだのは、フレッド・ジンネマン監督「山河遥かなり」(1947年)のリメーク。同作はナチスの強制収容所で心に深い傷を負った子どもが、戦後も赤十字の車を恐れ国連施設から逃亡するという物語だ。アザナヴィシウスは舞台を紛争中のチェチェンに置き換えて、再映画化に挑んだ。
ロシア兵に目の前で両親を射殺された9歳の少年ハジは、幼い弟を抱いて逃走する。泣きやまない弟をそっと民家に託し、独りで町までたどり着き、難民の施設に収容されたハジだが、ショックのために口がきけない。銃を抱えた兵士におびえるハジは施設を逃げ出す。
空腹のまま町をさまようハジ。EUの人権保護委員会から派遣されたキャロル(ベレニス・ベジョ)が、そんなハジにパンを与え、宿舎に連れ帰る。共に生活することで、ハジは少しずつ心を開いていく……。
極限状況に置かれた子どもの心の傷という主題を、現代に置き換える試みは成功している。ハジの恐怖と回復が繊細に描き出されている。
アザナヴィシウスはこのハジの物語に、チェチェンに送り込まれた新米ロシア兵が苦悩するもう一つの物語を絡めて、戦争の過酷さを複眼的に描こうとする。ただ、この点はあまり効果をあげていない。才人が策におぼれた感があった。
「OH LUCY!」 独身中年OLの自分探しの物語
世界の映画学校の学生の短編を集めたシネフォンダシオン部門の上映も21日から始まった。今年は日本人女性の2作品が選ばれている。平柳敦子監督(38)「OH LUCY!」と早川千絵監督(37)「ナイアガラ」。ともに2児の母である。
平柳は17歳で米国に留学し、演劇を学んだ後、ロサンゼルスで俳優の仕事をしていた。将来は監督もしたいという希望はあったが、32歳で長女を産んだのを機に、一念発起しニューヨーク大学のシンガポール校に入学。映画を学んだ。
「OH LUCY!」はその卒業制作。会社で肩身が狭くなりつつある独身の中年OLの自分探しの物語。何の気なしに入った英会話教室で「ルーシー」を演じるうちに、現実の生活でも「ルーシー」に成りきっていく……。桃井かおりを主演に迎え、シンガポールと日本で撮影した。
「逃げ場のなくなった人が、逃げ場を見つけることがテーマ。17歳で米国に逃げた自分を反映していると思う」と平柳。今回出品した短編は、長編の最初の20分となるもので、今後は長編の制作を目指すという。
「ナイアガラ」 父母を祖父に殺された娘が18歳になって事実を知らされ…
早川も米国の大学で写真を学んだあと、ニューヨークで仕事をしながら、ビデオ作品を撮っていた。出産を経て6年前に東京に戻ったが、子供の成長に伴い、一昨年秋に東京のENBUゼミナールの夜間コースに入学。フルタイムの仕事をしながら、卒業制作「ナイアガラ」を完成させた。
主人公は父母を祖父に殺された娘。18歳になって事実を知らされた娘は、死刑囚として拘置所にいる祖父に、外界の音を聞かせようと、祖母のヘルパーと共に、音を録音して歩く。揺れ動く娘の心を都市近郊の光や音と共に繊細にとらえている。
「死刑囚が独房の中でしゃばの音を聞くというイメージを膨らませていった」と早川。小学生のころ小栗康平監督「泥の河」をみて、映画に目覚め、以来ずっと映画を作りたいと思ってきた。先の展開については「うまい人はいくらもいる。自分は自分の好きなものをやるしかない」という。
平柳の依頼を快諾し主演した桃井かおりもカンヌに駆けつけた。世界から集まった知り合いの映画人にチラシを渡して歩き、宣伝に努めた。監督の経験もある桃井はこう話した。「日本に女性監督が少ないということは、逆にチャンスなの。女にしかできないものを撮ればいいんだから」
(カンヌ=編集委員 古賀重樹)
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