「青春残酷物語」修復版上映 大島渚の力強さ再認識
カンヌ映画祭リポート2014(3)
開会式から一夜明けた15日、コンペティション作品の上映が始まった。トップバッターは英国のマイク・リー。「秘密と嘘」でパルムドールを受けたこの名匠が、母国を代表する画家ターナーの人生に迫る「ミスター・ターナー」である。
巨匠マイク・リー監督が描く 崇高で過激な画家ターナー
ターナーの顔といえば24歳の時に描いた自画像がよく知られ、きりりと端正な美青年の印象がある。ところが他の画家が描いたターナーの肖像画は、歳のせいもあろうが、ずんぐりむっくりで容貌魁偉(ようぼうかいい)だ。この映画のターナーは後者である。でっぷり太り、頭がでかい。リー作品の常連でハリー・ポッターシリーズにも出演したティモシー・スポールが怪演している。
容姿だけでなく、性格も相当いびつだ。すでに中年に達しているのに、帰宅すると父親とハグしキスまでする。逆に不器量な家政婦にはつれない態度をとるが、突然、胸をわしづかみにする。肉体関係があるのだ。
絵を客に見せる時は反応が気にかかり、部屋を出て、のぞき穴から顔色をうかがう小心者。売春宿で若い女をスケッチしながら号泣するかと思えば、海辺の宿の年増の女主人と情を交わす。
奇人である。それなのにえらく人間臭い。母親が心を病んで死んだことが、女性との関係を屈折したものにした。2人の女性との関係も周囲には徹底的に秘密にした。秘密には虚栄心や欲望といった人間の裸の感情が詰まっている。「秘密と嘘」はまさにそんな映画だった。
子供のような人であり、それが芸術家としてのすごみになっている。水死体があがると、いち早く駆けつけスケッチする。荒れた海に出て、船のマストに体を縛り付け、本物の嵐を観察する。リーは記者会見でターナーについて「偉大で崇高で過激な画家だ。過酷な人生であり、共感を覚えた」と語った。
紅に染まる夕景、池一面に反射する光。画面はまるでターナーの絵のような光に満ちている。リーらしい人生に対する洞察力と細密な描写力に加え、たぐいまれな映像美をもつ作品である。
クラシック部門で「青春残酷物語」デジタル修復版を上映
修復された世界の名画を集めたカンヌクラシック部門は、大島渚監督の初期の傑作「青春残酷物語」(1960年)で幕を開けた。会場のブニュエル劇場は満席近くまで埋まり、昨年世を去った日本のヌーベルバーグの巨匠に対する世界の関心の高さをうかがわせた。
小津安二郎、木下恵介作品などのデジタル修復を手がけた松竹が、経済産業省の支援を受けて修復した。フルハイビジョンの4倍の画素数をもつ4K規格でオリジナルネガをスキャンし、デジタル修復し、上映素材のDCP(デジタルシネマパッケージ)まで作るというフル4K修復は、同社で初めて。小津、木下作品はスキャンだけが4Kで、修復とDCPは2Kだった。この作品で名声を得て今年88歳になる撮影監督、川又昂らが監修した。
上映には大島の後期の代表作「戦場のメリークリスマス」を手がけた英国のプロデューサー、ジェレミー・トーマスと、中国の監督でコンペの審査員を務めるジャ・ジャンクーも駆けつけた。
トーマスは「大島は大きな存在であり、同志だった」と語り、昨年1月に悲報を聞いた時は「泣いた。ただ泣いた」と振り返った。さらに「英国で『青春残酷物語』は2008年まで上映が許されなかった。修復により若い世代が再発見するのは意義深い」と語った。
中国の監督が影響を受けた大島渚の技法
ジャは北京電影学院の学生のころに「青春残酷物語」を見て「自分と近いものを感じた」という。「60年代の日本の若者と80年代の中国の若者は似ている。どちらの時代も、社会が変動し、若者たちが反発を感じていた」とジャ。さらに「大島の映画は個人を描いても、必ず社会につながる。その部分に強い影響を受けた。映画作家は常に社会と格闘しながら映画を作るという精神を教えられた」と語った。
面白かったのはジャが明かした技法面での影響だ。街頭ロケの多用やカメラの長回しといった「直接的な映画言語」に影響を受けたといい、とりわけ「飛行機や列車などの音で、現実の世界を想像させる手法」は自身もよく使うことになった。その根底にも60年代の日本と80年代の中国の類似性があるとジャは指摘する。「それまで静かだった社会に様々なノイズが入り込んできた」というのだ。
いらだちを抱えた若者の川津祐介と桑野みゆきが貯木場で激しく抱き合う。情事の後、裸で横たわる桑野の姿にジェット機の轟音(ごうおん)が重なる。その轟音がいつまでも耳に残った。大島の映画言語の力強さを、ジャの指摘で再認識できた。
(カンヌ=編集委員 古賀重樹)
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