オーナーの号令一下、開発チームが欧州を行脚

シャウエッセンを開発・発売することになったきっかけは、日本ハムの創業者、大社義規氏のこだわりだったという。大社氏はプロ野球球団を買収して「日本ハムファイターズ」の初代オーナーになったことでも知られる。戦後の経済成長に乗って急速に事業を拡大した。

シャウエッセンの開発は大社氏が社内に呼びかけて本格化したという。「創業者は海外視察の際、ハム・ソーセージの本場である欧州を訪問することが多かったのです。現地のソーセージも大のお気に入りで、『同じものを日本で作ることはできないか』と考えたようです」(小村氏)。

日本人の海外旅行熱が急速に高まっていた時期だ。日本旅行業協会(JATA)によると、70年に約66万人だった日本からの海外旅行者数は、シャウエッセン発売の85年には約495万人に拡大。食卓の国際化も進み、家庭での食事に占める洋食の割合も高まっていった。

「海外旅行が一般化すれば、消費者はいずれ本格的なソーセージを求めるようになる。家庭でも気軽に楽しめる、本場ドイツにも負けない本格的なソーセージを作れ」――。そんなオーナー創業者の号令一下、日本ハムの開発担当者らは本場のドイツを中心に欧州各地を巡り歩き、研究を重ねたという。

日本ハムの長田昌之・加工事業本部商品統括事業部ハム・ソーセージ商品部長

当時の日本では一般的でなかった本格的なウインナーソーセージを、どう作るか。開発担当者は割と早い段階から「羊腸を使って、調理はボイルにして、日本人が好むようなご飯に合う味付けにしようと試行錯誤を重ねていたそうです」(長田氏)。本格的なソーセージが前提である以上、欧州流をベースに据えることは当然の流れとなっていたようだ。

当時の開発陣がまとめたメモには「パリッとした音が特徴」などと、すでに言及があったという。羊腸をどう調達するかなどの課題も多かった。それらに対する解決策を積み重ねて、ドイツのウインナーのように程よくいぶして香りを引き出したウインナーソーセージを完成させた。

「シャウエッセン」というネーミングは、響きだけを聞くと、ドイツ語を借りてきたように思える。しかし、実はドイツ語を生かした造語だという。「見る(英語のshow)」という意味の「シャウ」と、「食卓」を意味する「エッセン」を組み合わせたのだ。ソーセージの本場感を漂わせつつ、軽やかなイメージもまとった語感は、認知度を高めるうえで一役買った。

当時のパッケージをほとんど変えることもないまま、シャウエッセンは35年以上にわたって売れ続けてきた。消費者から得た支持は、創業者が求めた「本格」の軸をぶれさせず、当時の消費者に本場のソーセージ文化を伝えた関係者が共有した熱量のたまものだろう。しかし、右肩上がりの軌跡は必ずしも平たんな道のりではなかった。後編ではシャウエッセンが重ねた製造やマーケティングの工夫をひもとく。

(ライター 三河主門)

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