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映画セレクション

2014/1/10

映画セレクション

この映画作家でしか描けない世界

若手や中堅ばかりではない。ベテランの伊藤俊也監督が自主製作した「始まりも終わりもない」は舞踊家・田中泯の身体表現を通して日本の戦後を描き出した。伊藤自身の戦後史への思いも色濃くにじんでおり、撮られなければならない作品だった。石井隆監督「フィギュアなあなた」「甘い鞭」も共に小品ながら、人間の性の根源に迫り、祝祭的な夢想世界を現出させた。映画でしか表せない、この映画作家でしか描けない世界だ。

映画作家が自らの原点を見つめ直したような低予算作品も目立った。SABU監督「Miss ZOMBIE」、山下敦弘監督「もらとりあむタマ子」は小品ゆえに、監督の資質が鮮明に表れていた。篠崎誠監督「あれから」は東日本大震災後を生きるごく平凡な人々の心の揺れを繊細なタッチでとらえた。橋口亮輔監督「ゼンタイ」は俳優のワークショップから生まれた中編だが、生きることの切なさをわしづかみする力は健在だった。

「先祖になる」「うたうひと」…ドキュメンタリーも豊作

ドキュメンタリーも豊作だった。震災関連では池谷薫監督「先祖になる」がとらえた被災地の老人の一徹な生き方、松林要樹監督「祭の馬」の原発事故に翻弄される馬たちの姿が忘れられない。酒井耕・濱口竜介監督「うたうひと」は、前作で試みた被災者の語りを正面からとらえる手法が実を結び、東北の庶民史の古層にまで迫った。

羽田澄子監督「そしてAKIKOは…」はダンサー、アキコ・カンダの最後の日々を見つめる羽田の冷徹なまなざしに圧倒された。創作者としての自らの生き方を貫くアキコの魂が、羽田の魂とも共振していた。泡沫(ほうまつ)候補と呼ばれた人々を追った藤岡利充監督「立候補」は、その人間像に迫りつつ、現代の大衆意識、社会の空気まで写し取る快作だった。

興行収入1位は宮崎駿監督「風立ちぬ」で、120億円台に乗った。2位はピクサーの「モンスターズ・ユニバーシティ」。1、2位を高品質のアニメが占めた。洋画は年頭に「レ・ミゼラブル」「テッド」が大ヒットしたものの、その後は尻すぼまりで、構造的な不振から抜け出せない。

「さよなら渓谷」 極限の愛を徹底的にリアルに描く

大森立嗣監督「さよなら渓谷」 (c)2013「さよなら渓谷」製作委員会

テレビを中心に大量宣伝する作品しか当たらない状況で、洋画や中規模以下の邦画は苦しい。封切り直後の動員に応じてスクリーン数や上映期間を大胆に絞り込むシネコン興行になって、じわじわと口コミで良さが伝わる映画が減った。情報化が映画の商品寿命を縮め、秀作の居場所を狭めた。

そんな状況下でも第一線の監督は撮り続けている。力のある作品は少なくない。

大森立嗣監督「さよなら渓谷」は吉田修一の同名小説の映画化で、レイプ事件の加害者と被害者の間に芽生えた極限の愛を、徹底的にリアルに描いた。セリフを切り詰め、汗や吐息、衣ずれや日差しといった具体的な事物だけで、感情のうねりを描き出す。大森の演出家としての力量が存分に発揮されていた。

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「共喰い」 北九州という土地を通して戦後の深層に迫る
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