Miss ZOMBIE
無声映画のような雄弁さ
シンプルな物語を、シンプルな形式で撮り、強烈な印象を残す。「幸福の鐘」(2002年)で国際的な評価を得たSABU監督の世界を一言で表すとそういうことになろうか。原案、脚本、監督を手がけた完全オリジナル作品としては10年ぶりになる「Miss ZOMBIE」もまさにそんな映画だ。
モダンな邸宅に巨大な荷物が届く。梱包を解くと大きな檻(おり)の中に女(小松彩夏)が1人。おびえた表情でうずくまっている。生気のない瞳。傷だらけの体。
取り扱い説明書には「肉を与えるな」とある。万一暴れた場合に射殺するための拳銃がつく。主人の寺本によると、愛玩用のゾンビで、ゾンビ度が低いため人に危害を与えないという。
沙羅という名のゾンビを人々はいたぶる。子供たちは石を投げる。街の不良たちは殴り蹴り、ナイフで刺す。使用人たちは体をもてあそぶ。どんなに傷つけられてもゾンビは死なない。
ある日、寺本家の息子が水死する。母親(冨樫真)は息子をよみがえらせるよう沙羅に命じる。かみつくゾンビ。起き上がる息子。
息子は沙羅になつく。ゾンビの母性もよみがえる。母親は激しい不安にかられる。息子を、そして夫を奪われるのではないか……。
数を頼んで異端者を迫害する人間たちのおぞましさ。私たちの身近にいるようなごく凡庸な人々の行為だけに恐ろしさが募る。
人間たちの悪意の向こうに浮かび上がるのが、ゾンビの中にわずかに残された人間性だ。それは母性の回復とともに育っていく。
集団心理に駆られる人間がゾンビのようで、孤独に自己と向き合うゾンビの方が人間らしく見えてくる。
コントラストの強い白黒画面に、大振りの演技。古い無声映画を思わせるスタイルだ。セリフは最小限に切り詰められ、映像が雄弁に語る。SABU会心の一作。1時間25分。
★★★★
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2013年9月13日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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