南半球に強豪生む平和の力 ラグビーは理性ある肉弾戦
地域エコノミスト・藻谷浩介さん
人口減少がもたらす課題にいち早く処方箋を示して脚光を浴び、国内外の講演・取材にフットワークよく飛び回る藻谷さんだが「運動神経が悪くて、すべてのスポーツがダメだった」と語る。それでもラグビーだけはちょっと心引かれる存在。W杯も岩手県釜石市の新スタジアムでの観戦を予定している。
――ラグビーとの接点は。
「たまたま中学時代の体育の先生に東京学芸大学ラグビー部OBがいて、授業でやらされたのが唯一のプレー経験です。僕はおよそスポーツというものに適応できなくて、水泳部にいたものの『藻谷のもがき流』と言われたぐらいのろかった。だけど授業でやったラグビーは面白く感じたんですよね」
「ボールをバットに当てたりグローブでキャッチしたり、あるいはサッカーやバスケットボールでドリブルしたりする難しさに比べると、とにかく球を抱えて走れ、というのは、わかりやすかった。行けるところまで突っ込んでいって、転がってこい、と。すごいスポーツだと思いましたよ」
どんなに上手でもひとりでは点を取れない
――パスを前に投げられないルールはどう思いましたか。
「球は前に投げたくなるのが本能ですよね。だけどそれができないから、ボールを持って先頭を走っている選手に、だれかがついてかなきゃいけない。肉弾で止められて進めなくなったら、オレの遺志を継げとばかりに後ろの選手にボールを託す。どんなに上手でも、絶対ひとりでは点を取れない、みたいなゲーム。なんか哲学的でしたよね」
「以前、ベテラン審判に聞きましたが、ルールを杓子(しゃくし)定規に適用しないさじ加減が必要で、それが審判の腕だと。肉弾でぶつかりながら暴力にならず、お互いが悔いなく、きれいに戦うことができることが大切だから、ラグビーの審判は人工知能(AI)にはできないということでした」
――釜石には釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアムが新設されました。スタジアムはまちづくりにどんな役割を果たせますか。
「世界を歩くと多くのサッカースタジアムを見かけますが、競技場としてだけではなく、会議場とか飲食施設があって、社交の場になっていますよね。サッカーのJリーグも、そういう楽しめるサッカー場を増やしている。釜石のスタジアムは鉄道の駅も高速道路も近いし、新日鉄釜石という伝説のチームがあった土地で、ラグビー文化が交流するのにふさわしい場ですね」
「実は先日見てきたんですが、資金をムダにしないため、仮設席を多く用意している身の丈にあったスタンドで、それでいて全体的にシャープなつくりになっているのが印象的でした。選手がプレーする姿も、すごく近くで見られそうでしたね。津波で被災した学校の跡地にあるのも、復興の象徴としてふさわしい」
――南半球をよく旅されていますが、前回W杯のベスト4はニュージーランド、豪州、南アフリカ、アルゼンチンですべて南半球。過去8回のうち北半球のチームが優勝したのはイングランドの1回だけです。どうしてだと思われますか。
「面白いですよね。南半球は原住民を含めて、もともと多様な人々が外から移り住んで集まった国が多い。国土は人の数に比べて広すぎるくらいだから、北半球の国に比べると土地を巡る争いも少なかったし、戦争だって非常に少ない。核保有国もないでしょ。平和的なんですよ」
「ラグビーは体をぶつけ合って力を発散しあうところがあると思いますが、それはうまくやらないと危険でもある。お互いに本当の意味で理性が働いていないとできないスポーツだと思うんです。平和的だからこそ、それができて、強くなれるということがあるかもしれないですよね。いずれにしても主要7カ国(G7)でも中ロでもない国が強いというのは興味深い」
「南半球ではないですが、ラグビーでは英国の一部である北アイルランドと、アイルランド共和国が国境を越えて1つのチームをつくるのもすごく面白い。根底にノーサイドの精神があるスポーツだからできるんでしょうかね。実際の国境は英国と欧州連合(EU)との境界にもなりかねない状況ですが」
W杯、交流を楽しんで
――W杯日本大会は札幌から熊本、大分まで12会場が舞台です。地域にはどんな効果が期待できますか。
「キャンプ地を含めて、地域の人々は思いきり楽しんで、どんどん交流してほしい。02年のサッカーW杯日韓大会のときもそうでしたが、『面白かったね』と一生の思い出が残る。つまり、ものすごく長く続く効果があるということです。とくに小さなまちであればあるほど、この『思い出効果』は強い。ホストとしてきちんと取り組めば、イベント運営や商品開発などの地力が鍛えられます」
――日本でのラグビー人気の向上には何が必要ですか。
「世界の中で日本代表が活躍することと、クラブチームが地元に貢献しながら切磋琢磨(せっさたくま)すること、これが車の両輪です。日本の人口は約1億2千万人。ドイツの1.5倍、スペインの3倍近い。いろいろなことに挑戦する余地がある」
「学校でやってみる経験も重要かもしれません。あの体育の先生が勇気をもってやらせたように。肉弾で阻まれながら、1ミリでも前に行くぞという根性を発揮するのは、僕にもできた。それで勝てるかどうかは知らないけど、この面白い感覚はやってみないとわからない。ケガが怖いということなら、ちょっとマイルドにしてでも、やったらいいんじゃないかと思います」
1964年(昭和39年)6月、山口県生まれ。88年東大法卒。94年米コロンビア大学経営大学院修了。日本政策投資銀行(旧日本開発銀行)を経て、2012年から日本総合研究所主席研究員。著書に『デフレの正体』『世界まちかど地政学』など。自ら理事長を務めるNPO法人などを通じ、東日本大震災の被災地を定点観測するバスツアーも14年から続けている。
(聞き手 天野豊文 撮影 藤沢卓也)
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