観客うなる面白いラグビーを 伝統話芸に意外な共通点
浪曲師・玉川太福さん
もともと「浪花節」と呼ばれ、聞かせどころを独特の節回しで唸(うな)る浪曲。三味線で伴奏する「曲師」と一緒に舞台にあがるのは、同じ話芸でも落語や講談にない特徴だ。新潟県立新潟高校や千葉大学でプレーしたラグビーも、隣の選手とのコンビネーションが楽しかったという。身につけた「声」は、浪曲師としての武器にもなった。
――高校でラグビー部を選んだ理由は。
「中学までは水泳とサッカーをやっていて、とくに3歳で始めた水泳は県大会で決勝に出るくらいのレベルでした。それで水泳はもういいかな、高校で何をしようかなと思っているときに、ラグビー部の体験入部があるのを聞いて、行ってみたら一瞬ではまってしまった。ボールを持って走り、相手をかわしたり、追いかけたり。こんなに面白いスポーツがあったんだ!というくらい楽しかった」
「ラグビーはタックルという接触プレーが醍醐味だということも、だんだんわかってきました。私はもともと臆病なほうなんですが、思い切りタックルにいけたときは、他のスポーツでは味わったことのない、何とも言えない感覚を味わえました。勇気をひとつ、手に入れたみたいな」
――ポジションはどこでしたか。
「ディフェンスの間に切り込んで突破していくのが得意だったので12番(左センター)。隣の13番(右センター)がたまたま同じクラスで、本当に仲良くなった。そのつきあいがまた楽しかったんです」
――そのまま大学までラグビーを続けることになったのでしょうか。
「いったん高2の秋にやめているんです。練習中に2回、鎖骨を折って長くプレーできなかったり、学校の成績が下から10番くらいに落ちたりしたこともあって。そのときも13番のヤツと一緒に監督のところへ行き『勉強したいので、すみません』と。ケガの治療で強制的に胸を張って背筋を伸ばすタスキのようなものをしたせいか、身長はギュンと伸びました。入学時は175センチなかったと思いますが、今は183センチです」
――大学で再びラグビーを始めたきっかけは。
「知り合いもなく心細い入学直後に、たまたまラグビー部が練習しているのを見かけたんです。ネット越しに眺めていたら、超さわやかな先輩が駆けてきて『なに見てんの? 一緒にやろうよ』と。久しぶりにやったら、やっぱり面白い。部員も少なかったので、1年から公式戦に出ました」
――ポジションは同じ12番ですか。
「そうです。このときも13番が同級生で馬が合ったんですね。宮崎県出身で2浪していた『崇吉(そうきち)』というヤツなんですが、楽しいキャラで。よく一緒に銭湯に行きました。1学年上には花園(=全国高校大会)の経験者もいて、リーグで昇格するほど強くなって、勝つ喜びも得られました」
「バイト、寝る、起きる、ラグビー、の繰り返しみたいな生活をしていたので、落としていた単位を一気に取ろうと4年のときはラグビーを休みました。将来はコント作家になりたいと小学生のころから変わることなく思っていましたし。でも3年間はマックスでプレーした感じですね」
――浪曲は新作に力を入れていますが、新しいプレーを編み出すのも得意だったのでは。
「サインプレーは13番とよく考えていましたけど、編み出したといえるものはないかな。突っ込むにせよ抜くにせよ、決めたら思い切りよくいくのが好きでした。なんにもできないのにラグビーや浪曲に飛び込んだのも、とにかくぶつかっていく性格だったからかもしれません」
――浪曲師の左後ろで曲師が三味線を弾きます。ラグビーでボールをもつ選手とパスを待つ選手の位置関係に似ていませんか。
「いや、たしかに。ラグビーでいえば、こちらから出したパスに、後ろで反応してもらっている感じです。私の場合は、舞台に出てから演目を決めて、曲師に合図しながら演じるんですが、曲師はこっちを見ていても、前を向いている私はまず曲師を見ないですしね」
――以心伝心のようなコミュニケーションがありますよね。
「あります。こちらが曲師を引っ張っていくんですけど、(三味線の弾き方で)テンポを上げるよう促されたり、寄り添ってくれたり、目に見えないコミュニケーションがあります。その日の曲師との相性とか、お客さまの反応によって、演じ方も毎度変わるんですよね」
――ラグビーと浪曲で指導が似ていることは。
「どちらも『大きな声を出せ』と指導されますよね。私はもともと大声を出す性格じゃないし、コントも小さな声でやりとりする台本が好きだったんですけど、浪曲の世界に飛び込んだ最初のときに『下手だけど声だけはでかいな』と言われたんです。ラグビーはめちゃくちゃ大きな声でコールする。とにかく大きな声で相手に気持ちを伝える点は同じかな」
――ひいきのラグビーチームはどこですか。
「社会人のトップリーグが面白くなってきていて、パナソニックが好きなんです。強いチームだからということもあるんですが、昨シーズンはちょっと不振でした。総合順位決定トーナメントで5位を争う試合をテレビ観戦したんですが、今思い出してもほろっとするシーンがありました。パナソニックがキックを決めたら逆転勝利という場面で、日本代表でもある松田力也選手がゴールを外した。それでノーサイドになるんですが、クールな印象だった松田選手が泣き崩れ、それを味方だけでなく相手の選手も肩を抱くようにして慰めていたんです。ああ、ラグビーっていいなあ、と」
――浪曲に「笑い」を意識的に取り入れてファンを広げています。ラグビー人気のためにつけ加える要素があるとしたら何でしょうか。
「『笑い』(を生もうとする気持ち)ですかね。見当違いかもしれませんが『面白いものを見せよう』という意識。勝敗とは別に、観客が驚いたり、応援したくなったりするプレーが大事じゃないかと。私は歌ったり、人前でアピールしたりするのはもともと不得手で、素質という点ではたぶん浪曲師に向いていないんですけど、だれもやっていないことをやろうとして注目していただけているところはあると思っています」
――ラグビーを題材にした浪曲は。
「1回だけつくりました。顔面から地面に落ちながら何回もスクラムを組み、ようやく出したボールを、味方がノックオン(ボールを前に落とす反則)。それでも文句を言わずに耐える男前たちの話を唸るんです。未完成なんですけど。ラグビー浪曲、絶対やりたいですよね」
――W杯への期待を。
「日本代表には決勝トーナメントに進出してもらいたいなあ。歴史的なことを、自国開催でぜひ達成してほしい。選手でいえば、パナソニック所属のウイング、福岡堅樹選手の大活躍に一番期待しています」
1979年(昭和54年)8月、新潟市生まれ。千葉大学法経学部を卒業後、放送作家などを経て、2007年に浪曲師の2代目玉川福太郎に入門。13年10月に玉川太福名披露目興行。15年に「第1回渋谷らくご創作大賞」、17年に「文化庁芸術祭・大衆芸能部門新人賞」を受賞。映画『男はつらいよ』全作浪曲化にも挑戦中。19年9~10月には落語家3人との創作話芸ユニット「ソーゾーシー」の全国公演ツアーも予定する。
(聞き手 天野豊文 撮影 首藤達広)
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