SDカードは木材や水道管、ガス管など対象物の種類によって様々なパターンの学習モデルを作成できる。SDカードをマイコンに戻して再び対象物をたたくと、内部にひびなどの異常がある時にマイコンとともに取り付けた機器の表示画面で数値が高く出る仕組みだ。

プレゼンの中で、チームは打音検査10年のベテランにも協力してもらいディープラーニングの改良を繰り返し、異常を検知できる精度が93.3%まで上がったと発表した。熟練の点検員とも遜色のない数値だ。また、競合製品との比較でも小型化や価格などで優れている点を分かりやすく解説した。

会場にいた特別協賛企業でビルの設備管理などを手掛ける総合アウトソーシング会社のアイングの関係者が身を乗り出し、うなずきながら壇上のスクリーンをじっと見つめていた。

プレゼンが終わり審査員の質問が始まった。まずこのビジネスを評価したのが、ソフトバンクグループ傘下のディープコア社長の仁木勝雅氏だ。仁木社長はマイクを持つやいなや「最初に言っておくと私は丸をあげます」。つまり投資に値すると審査した。この段階では異例の発言に会場が沸いた。

真剣な表情で各高専のアイデアを審査するベンチャーキャピタリスト

プレゼンだけで審査員にここまで言わせたのは、インフラ設備は必ず老朽化する、だからこそ点検のための安価で高精度なデバイスが必要という明快な論理を貫いたことだろう。全国の高専の多くに建築関連の学科があり、老朽化するインフラは身近な問題でもあった。

質問の中で、東京大学エッジキャピタルパートナーズの郷治友孝社長は「打音だけでなく、非破壊検査のような他の方法もあるが」と指摘した。すると学生からは「朝と夕方の熱の差でひび割れを判断する方法もあるが、実際には怪しい箇所をハンマーでたたくのが一般的だ」と回答。徹底した調査の成果が見えた。

審査員でWiLの松本真尚氏は実際に起業した後の体制が気になるようで「2人のどちらが社長として会社を進めていくのか」と聞いた。すると前川さんが「僕です!」と即答。小川さんも「納得しています」と答えチームの団結を示した。

市場調査も徹底

一連のプレゼンや質疑応答で審査員の心をつかんだのは、徹底した市場分析を背景にして作り上げた事業モデルだ。AIを活用した打音検査のビジネスは既に他社が展開している。チームは従来の打音検査と他社の製品の課題を挙げ、D―ONが優れていることを示した。特許も出願中だ。

まず従来、打音検査では熟練の点検員による判断が必要だ。これはディープラーニングにより、木材や水道管、ガス管などウェブでそれぞれの学習モデルを作成して数値で示すことによって、熟練の点検員でなくても判断できるようにした。

既存の他社の打音検査システムは様々な設備が必要だ。今回はSDカードが入ったマイコンを使って価格を下げ、設備を軽量化した。従来の打音検査ではトンネル1本で約200万円かかるところ、約130万円で済むという。

後の表彰式で、経営共創基盤の共同経営者を務める川上登福氏は「打音点検を小さなデバイスにした。ハンマーを選ばずに、世界中で展開できる」とし「いろんな企業の人もこのような発想をまねてほしい」と総括した。

福井高専チームのメンターのさくらインターネット社長で、自らも舞鶴高専出身の田中邦裕氏は最優秀賞が発表された瞬間、うれしさのあまり飛び上がってしまい、前の椅子に膝を思い切り打ちつけて、緊迫する順位発表の雰囲気を和らげたのも印象的だった。

(結城立浩)

[日経産業新聞2021年5月10日付]

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