ビートルズ・サウンドの謎解きを楽しむ

このドキュメンタリー最大の見どころは、パート3で描かれる最後のアップル屋上での圧倒的なライブ演奏にある。66年8月にライブ活動を停止してから29カ月というブランクをまったく感じさせない演奏を、ビートルズはほとんどぶっつけ本番で披露するのだ。42分間というそのほぼ全容を、マルチスクリーンを駆使して再現したアップルビルのルーフトップでの演奏は、ビートルズの残されたライブ映像としても一、二を争う迫力満点の仕上がりになっている。忙しくてなかなか7時間50分の作品をすべて見ることはできないという方は、まずはこのライブが収録されたパート3を鑑賞するだけでも、今や歴史的存在となったビートルズというロックバンドの実力と魅力を十分に堪能することができるだろう。

だが、このライブの感動は、パート1とパート2で描かれた、そこに至るまでの過程を知ることで、より大きなものとなる。7時間50分の映像のなかには、ビートルズの魅力と実力を知ることのできるさまざまな見どころがぎっしりと詰まっているからだ。詳細は見てのお楽しみだが、ここでは以下の3点を挙げておきたい。

見どころの1つは、メンバー4人が与えられた短い期間でそれぞれのやり方で取り組む曲作りの様子を目撃できることだ。アルバム『レット・イット・ビー』に収録されずに、のちに『アビイ・ロード』に収録される曲や、のちにソロ作品として発表される曲のお披露目シーンもたっぷり見ることができる。また、未発表のままになっていた若き時代のレノン=マッカートニー作品、気分転換に演奏される古いビートルズ・ナンバーや50年代のオールディーズなども楽しむことができる。

楽曲の完成に向け、その曲にふさわしいサウンドやコーラスを決めていくプロセスも収められている (C)2021 Apple Corps Ltd. All Rights Reserved.

2つ目は、ビートルズのサウンドメイキングの手法を目の当たりにできることだ。曲が完成に近づくと、4人はそれぞれの楽器の役割やコーラスの入れ方などを議論しながら、その曲にふさわしいサウンドやコーラスを決めていく。現代の音楽シーンの礎を築いたグループのサウンド作りの過程を、リアルな映像と磨き上げられたサウンドでたっぷりと体験できるのだ。

そして3つ目は、刻々と変化するビートルズのメンバー4人の心もようと揺れ動く人間関係を、まるでその場に出くわしたかのような感覚で体験できることだ。背景説明や効果音のような演出がないこともあり、ふとした会話や曲解釈をめぐるすれ違いなどから、まるでリアルな心理劇を見るかのような緊迫感が伝わってくる。

バンドが危機を迎えたとき、良き時代のバンドに戻そうと奮闘するポール、自分ももっと活躍できるバンドにしようと懸命に努力するジョージ、才能を買われて迎え入れられたもののライブ活動停止で活躍の場が限られ与えられた仕事に専念しようとするリンゴ・スター、そしてバンドから心が離れそうになりながらもリーダーとしてなんとかプロジェクトを成功させようとするジョン。危機を迎えた組織のなかで、誰もがいずれかの立場で経験したことのあるような人間ドラマが、ビートルズの4人が主役で、まさにリアルな映像で目の前で展開されるのだ。

もちろんビートルズのメンバーは、このセッションのほぼすべての演奏と会話が撮影され、録音されていることを知っていた。つまりいかなる場面でも完全な「素顔」を見せているわけではなく、大人の対応をしているのだ。それゆえに、その表情の背後に隠された心の動きが深みを増しているとも言えるだろう。

逆に言えば、もしカメラが入っていなければ、メンバー全員がよりネイキッドな本音をぶつけ合い、このドキュメンタリーに残されたような人間の奥底の心理を見せることもなく、このプロジェクト自体も早い時期に崩壊し、そのままビートルズは解散していたのかもしれない。そんなスリリングで一触即発な関係のなかで、アップル屋上ライブが実現し、これがビートルズ最後のライブパフォーマンスとして歴史に刻まれたのだ。そして、その一部始終をこのドキュメンタリー3部作でじっくりと体験できるのだ。

果たしてこのセッションは、旧作映画『レット・イット・ビー』で評されてきたようなビートルズ解散への序曲だったのか、あるいはピーター・ジャクソン監督が感じた創作意欲あふれるバンドのセッションで「解散の原因ではなかった」のか、あるいはそのどちらとも言えるビートルズの分岐点だったのか、それを自分自身の目でしっかりと確認できるのだ。

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後編では、広田氏が感じたビートルズファンならではの注目点を紹介する。

『ザ・ビートルズ:Get Back』 ディズニープラスにて全3話、見放題で独占配信中 (C)2021 Disney (C)2020 Apple Corps Ltd.
広田寛治
 1952年愛媛県松山市生まれ長崎県長崎市育ち。山梨県立大学講師などを経て、作家・現代史研究家。日本文芸家協会会員。『大人のロック!』(日経BP/ビートルズ関連)、文藝 別冊(河出書房新社/ロック関連)、ムック版『MUSIC LIFE』(シンコーミュージック/ビートルズ関連)などの執筆・編集・監修などを担当。主な著書に『ロック・クロニクル/現代史のなかのロックンロール(増補改訂版)』(河出書房新社)などがある。