10月15日、ザ・ビートルズのアルバム『レット・イット・ビー』のスペシャル・エディションが発売される。ジョージ・マーティンの息子が手がけた「ニュー・ステレオ・ミックス」盤は以前のアルバムとどう違うのか、さらに新たに収録された音源にはどんなものがあるのか。ビートルズ研究家の広田寛治氏が解説する。[※特に注記がない場合、本文中の曲名で『』はアルバム名、「」は曲名を示している。例えば『レット・イット・ビー』はアルバム名、「レット・イット・ビー」は曲名を示す]
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『ザ・ビートルズ:Get Back』プロジェクトがいよいよ動き始めた。解散50周年という当初の構想より1年半ほど遅れてしまったが、まずは10月12日に同名の公式書籍が、15日にはビートルズ最後のオリジナル・アルバム『レット・イット・ビー』のスペシャル・エディションが発売。そして11月25日から3日間にわたって、映像版『ザ・ビートルズ:Get Back』が3部作のドキュメンタリー作品として、定額制配信サービス「ディズニープラス」で3話連続独占見放題配信されることになっている。
ここでは10月15日発売のアルバム『レット・イット・ビー』スペシャル・エディション6形態の内容を概観しながら、その聴きどころを紹介したい。

【1CD】UICY-16032 2860円
【2CDデラックス】UICY-16030/1 3960円
【スーパー・デラックス(5CD+1Blu-ray)】<輸入国内仕様/完全生産限定盤>UICY-79760 1万9800円
●アナログレコード
【1LP】<直輸入仕様/完全生産限定盤> UIJY-75220 5500円
【1LPピクチャー・ディスク】<THE BEATLES STORE JAPAN限定商品><直輸入仕様/完全生産限定盤> PDJT-1030 7150円
【LPスーパー・デラックス(4LP+1EP)】<直輸入仕様/完全生産限定盤> UIJY-75215/9 2万5300円
ポールの意図とスペクター・サウンド
アルバム『レット・イット・ビー』は、50年と17カ月前の1970年5月にビートルズ最後のオリジナル・アルバムとして発売されている。プロデューサーは、それまでビートルズの全てのアルバムを手がけてきたジョージ・マーティンではなく、フィル・スペクターだった。「ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれる重厚な音で一世を風靡していたプロデューサーだ。
1970年5月と言えば、ちょうどビートルズ解散で世界中が大騒ぎしていた頃で、このアルバムは全英チャート8週連続、全米チャート4週連続の大ヒットを記録。日本でもビートルズのアルバムのなかで最高の売り上げを記録する大ヒット作となり、ビートルズファンを一気に増加させている。
『レット・イット・ビー』スペシャル・エディションの【1CD】【1LP】【1LPピクチャー・ディスク】をはじめ、6形態すべてに基本装備されているのが、このオリジナル・アルバム『レット・イット・ビー』を新しい音でよみがえらせるべく仕上げられた「ニュー・ステレオ・ミックス」だ。
プロデューサーはジョージ・マーティンの息子ジャイルズ・マーティン。エンジニアはアビー・ロード・スタジオのサム・オケル。2人は、2017年に『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、2018年に『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』、2019年に『アビイ・ロード』を、それぞれの50周年記念として、現代の新しいサウンドによみがえらせてきた名コンビだ。
今回の『レット・イット・ビー』ニュー・ステレオ・ミックスも、これまでの50周年記念盤同様に、ボーカルが前に出て、楽器の分離度が高まり、音がクリアで美しい仕上がりになっている。1970年当時、チープなレコードプレーヤーに擦り切れた針を落として聴いていた者にとっては、隔世の感を覚える素晴らしい音である。
ただ熱心なビートルズファンには、もう一つの注目点がある。「ライブバンドの原点に戻る」という当時のポール・マッカートニーが掲げたコンセプトと、それを反故(ほご)にしてスペクターが手がけた分厚い音作りに、どう折り合いをつけたのか。具体的に言えば、壮大なオーケストラとコーラスがオーバーダビングされた以下の3曲がどのように仕上げられたのかということだ。
知らぬ間に改変されてポールが激怒したと言われる「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」では、オーバーダビングされた音は多少抑え気味になっている。ジャイルズによれば「ポールの意向をくんだ」側面もあるという。また最終段階で映画『レット・イット・ビー』に加えられたことで、発表直前の1970年に入って急きょアルバムに収録された「アクロス・ザ・ユニバース」と「アイ・ミー・マイン」の2曲でもスペクター色は薄められている。オリジナルのスペクター版『レット・イット・ビー』収録の音と比較すれば、「音の壁」の迫力が抑えられた小ぎれいなサウンドになってしまったと感じる人もいるかもしれない。
とはいえ、新しいステレオミックスに挑戦したジャイルズが、父の仕事でもポールの意図でもない分厚いサウンドをどう処理するかに、かなり頭を悩ませたのは間違いないところだろう。その結果が今回の「歴史を変えることはできないが、ポールの気持ちにも配慮せざるを得ない」という苦悩のにじみ出た音を生み出したのだろう。それでも全体を通して聴くと統一感のある心地よいサウンドに仕上がっていることは間違いない。「原点回帰」させることはせず、「なすがまま」にギリギリのサウンドに仕上げたジャイルズの心意気にこっそり拍手を送りたい。