「ジョブ型で転職防止にも職場の魅力高める」NEC社長
NEC森田隆之社長(下)
NECは成長し続けるために、社員の力を最大限に引き出す働き方、カルチャーの改革を進めている。前回の「NEC森田社長『組織の多様性、高めるのが遅かった』」に続き、働き方改革に詳しい相模女子大学大学院特任教授の白河桃子さんが、ジョブ型雇用や評価制度などについて、森田隆之社長に話を聞いた(以下、2人の敬称略)。
ジョブ型雇用、自分を磨いてほしい
白河 働き方改革で伺いたいのは、御社が進めているメンバーシップ雇用からジョブ型雇用への転換についてです。ジョブ型になることで「給料が下がったらどうしよう」「自分がずっとやってきた仕事がなくなったらどうしよう」と不安を感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
森田 それはあるでしょうね。自分を磨いてもらうしかないと思います。
白河 それはどこの企業もおっしゃるのですが、磨けるチャンスは用意していますか。
森田 もちろんです。そのためにリスキリング(学び直し)のための会社(NECライフキャリア)をつくり、すでに研修を実施しています。「追い出し部屋みたいなものでは?」と誤解されるのではないかと心配する声もありましたが、決してそうではありません。私自身もCFO(最高財務責任者)時代に学びました。
経理部門では40代を中心とした300〜400人に6カ月の研修を受けてもらいました。最先端のファイナンスの知識を再教育するためです。内容などは異なりますが、人事部門でも実施していて、エンジニアにも広げています。また、(米リンクトインの学習ツールである)「リンクトインラーニング」で担当業務以外の内容でも自由に受講できるようにしています。もちろん社員の金銭的負担はゼロです。ただし、原則、自分の啓発啓蒙のために学ぶものなので就業時間外に受講してください、とお願いしています。
白河 無料で学び放題というのは、社員にとってありがたいですね。反応はいかがですか。
森田 認知度は徐々に上がっていると思いますが、もっと上げるアピールはしないといけません。当社の平均年齢は43.7歳ですが、20代の社員にもどんどん参加してもらって、やる気のある社員を活性化していきたいと思っています。
白河 平均にあたる40代の社員の方々の姿勢は変わってきましたか。
森田 ミドル層が変わるには、まずその上の経営層が変わる姿を見せないといけません。(マネジャーまでの管理職に導入済みで、1年間の業務目標を示した)「コミットメントシート」しかり、まず上位役職者が自ら手本を示す。すると徐々に下に浸透し、全体が変わっていくはずです。
白河 上層部には手をつけない会社も多い中で、上から変えようとされるのは素晴らしい実行力だと思います。役員の方は危機感を抱くようになりましたか。
森田 1年任期制というのはやはり効いていると思います。役員全体の意識がかなり高まってきた感はあります。
白河 現場の社員に対しては、公募式のジョブポスティング制度も導入されていますね。手を挙げる方は増えていますか。
森田 結構出てきています。ただし、日本人の特性なのか、現職の部門に遠慮してしまうケースも少なくないようです。人事がもっとサポートするように伝えています。
自分のキャリアは自分で決める
白河 改革に取り組み始めてから、最も変化を感じるのはどんな点ですか。
森田 象徴的な変化といえば、(社員の変革の実感値をモニタリングするため3カ月に1度、定点観測的に実施している)「パルスサーベイ」の回答率です。回答を強制していないため、この調査の回答率には、会社と気持ちを共有しようという社員の姿勢が表れると考えています。2018年度には20%台だったのが、21年9月は82%に高まりました。これは一番大きい変化です。
白河 社員の方々が「自分も改革に参加している一員だ」と感じている証拠ではないでしょうか。
森田 そうであるとうれしいですし、「この改革は本気だ。もう元には戻りそうもないな」という実感も広がってきたのではないかと思います。
白河 ジョブ型にしても不慣れで初めてのことがどんどん起きている。しかし、これは不可逆な流れと実感しているというわけですね。
森田 ジョブ型雇用の本質は「会社が個人のキャリアを生涯面倒見るのは終わり。自分のキャリアは自分で決めるし、自分で責任を持つ」という意識転換を起こすことです。つまり、主導するのは働く側の個人なのだと思います。
会社からすると、怖い部分もあるのですよ。ジョブ型が進めば、NECという会社は1つの選択肢でしかなく、職場としての価値を発揮しなければいつでも転職されてしまう。これからのマネジャーが考えるべきは「いかに職場の魅力を高めるか」です。
白河 ジョブポスティングともなれば、優秀な人材を自分のチームにつなぎ留めなければならないので、マネジャーの皆さんも競争にさらされるわけです。
森田 今までは人事に任せていればよかったという部分を、マネジャー自身がかなり戦略的に考えて行動していかないといけないと思います。
白河 そのエンゲージメントについては管理職の評価基準に入っているのでしょうか。
森田 入っています。
白河 すると、そうした管理職を統括する役員もエンゲージメントの責任を負っているということですね。
森田 はい。役員のコミットメント項目の1つです。
育った環境や背景が異なる人が集まるとよい
白河 「エンゲージメントをちゃんとしろ」と言うわりに売り上げの数字しか評価しない会社も少なくないようですが、御社はきちんと「人」に関わる部分の評価ができる仕組みになっているのですね。しかし、「ずっと野球をやってきたのに、急にサッカーをやらなければいけなくなった」と戸惑う方はいませんか。技術系の会社だからこそ、経験と期待のミスマッチは起こりそうです。
森田 繰り返しにはなりますが、やはり学んで磨いていただくしかないですし、会社としては学ぶ機会を提供します。それに、サッカーに切り替えるといっても、野球で培った足の速さを生かせることもあるでしょうし、「自分ならどう貢献できるか」を考えて取り組んでいただければいいと思っています。
白河 まさに多様な経験を生かせる組織こそ、ダイバーシティ経営なのですね。女性についてはいかがでしょうか。女性管理職比率は「25年までに20%を目指す」と掲げられています。
森田 現状は7%ですので厳しい状況です。まずは新卒採用の男女比を1対1にすることから始めなければいけないと考えています。当社は技術系の会社なので理系採用が多いのですが、理系の女子学生の母数が少なく、現状では新卒の女性採用比率は約3割です。
白河 中途採用の女性人材、それも管理職、役員クラスの採用もかなり目立っていると思います。女性のポテンシャルについてはどうお感じになっていますか。
森田 あまり男女で区別してみることはないのですが、やはり育った環境や背景が異なる人が集まるほうが、新鮮で有益な情報が得られます。「なるほど。そんな見方や考えがあるのか」と気づきを与えてくれますね。率直に自分の意見を言ってくれる人材を近くに置くことが意思決定の精度を高めると思っていますし、男女限らず多様な視点を生かせる組織を目指していきます。
白河 性別の違いではなく、経験値や視点の多様性がカギであるということですね。
森田 同調圧力を受けて忖度(そんたく)したり、「言ったもん負け」という考えで受け身になったりせず、率直に多様な意見を発言できる組織になったときこそ、本当の意味で「カルチャーが変わった」と言えるのかもしれません。
白河 そうですね。御社のこれからの変化がとても楽しみになりました。本日はありがとうございました。
あとがき:日本を代表する企業、巨大なNECが本気で変わろうとしている。リモートワークで人けがなくがらんとした本社ビルに行き、そう実感しました。外資系の役員経験がある友人がNECに転職したと聞き驚いたのですが、今は中途と新卒採用の割合が半々になったということです。今回の対談のきっかけは「国際女性ビジネス会議」で、日本マイクロソフトなどを経てNECに転職された人材組織開発部長の佐藤千佳さんとシンポジウムに登壇したことです。佐藤さんのお話から、10万人企業が本気で「カルチャーを変えよう」としていると気づきました。
働き方改革はあくまで手段であり、本コラムで経営者に取材をお願いしたのは「手段の先にある目的」にフォーカスしたかったからです。変わろうとするたくさんの経営者や現場のみなさんにお会いできました。「働き方改革に本気の企業」を紹介したいとの思いが私の中にあり、それが伝わったのか、取材してほしいとの依頼を多くいただきました。「同士」が増えて心強い限りです。変化なくして企業の成長なし! これからも働き方改革のたくさんの同士を訪ねていきたいと思います。
長らくご愛読いただき、ありがとうございました。感謝の意を込めて終わりたいと思います。
(おわり)
相模女子大学大学院特任教授、昭和女子大学客員教授。東京生まれ、慶応義塾大学文学部卒業。商社、証券会社勤務などを経て2000年ごろから執筆生活に入る。内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員、内閣府男女共同局「男女共同参画会議 重点方針専門調査会」委員などを務める。著書に「働かないおじさんが御社をダメにする ミドル人材活躍のための処方箋」(PHP新書)、「ハラスメントの境界線」(中公新書ラクレ)など。
(文:宮本恵理子)
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