中国アニメの吹替版『天官賜福』 心情を繊細に描く
7月から日本のテレビ・配信で展開中の中国アニメ『天官賜福(てんかんしふく)』が話題を呼んでいる。2017年から連載が始まった中国の墨香銅臭(モーシャントンシウ)による同名ファンタジーWeb小説を原作に、20年に動画配信サービスbilibiliがアニメ化。8月現在、総再生回数は4億回を突破している作品の日本語吹替版だ。
物語の舞台は、架空の古代中国。仙楽国の太子・謝憐(シェ・リェン)は天賦の才を持ち、人々を救うことを志して修行を積み武神となった。しかし、彼は2度も天界から追放され、800年後の世界では、彼に祈りを捧げる者はいない。謝憐は功徳を集めるべく、人々の住む外界に降りてコツコツとガラクタ集めをしながら神官として出直す。そんなある日、三郎(サンラン)と名乗る不思議な少年と出会うのだが――。
日本版はソニー・ミュージックソリューションズとアニプレックスが手掛けており、その立役者の1人であるアニプレックスの黒崎静佳氏は、原作のWeb小説に夢中になった。19年にbilibiliの新作ラインアップとして『天官賜福』のPVを見て、すぐに日本版制作に動いたという。黒崎氏は『天官賜福』の魅力は大きく2つあると話す。
「1つはアニメとしてのクオリティーの高さ。風になびく髪や服など、線を極力シンプルにしながらシルエットで見せたり、影に寒色を使うなど、昨今の日本の女性向けアニメのトレンドと似た部分もあり、洗練されている。日本でも多くのユーザーに訴求できると感じた部分です。
もう1つはキャラクター同士の関係値の変化が丁寧に描かれている点です。日本のアニメは各話で起承転結を作りながら展開させる作品が多いのですが、本作は心情を繊細に描いていく。『彼らがこれからどこへ向かうのか』『2人の間に何が起こっていくのか』など、キャラクターの視点に立った見方ができるのも、最近の日本のアニメにはないシナリオで、面白いと感じました」
ローカライズの将来性
アニプレックスにとって、中国アニメを日本語吹替版にローカライズするのは、映画『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』(20年)から始めたばかりの挑戦だ。今作ではボイスキャストに神谷浩史や福山潤ら、人気と実力を兼ね備えた声優陣を配した。
「海外作品では特に、吹替えの実力と経験、テクニックが必要となります。謝憐役の神谷さん、三郎役の福山さん共に技術が高く、それぞれのキャラクターを魅力的に演じてくださっています」
すんなり決まったボイスキャストとは対照的に、難しさを感じたのが、中国人にとってはよく知られた設定を日本の視聴者に理解してもらうための翻訳作業だったという。実は原作は、中国の民間信仰や道教をベースにした物語。世界は「天界」「(人間の住む)下界」「鬼界」の3つからなり、神仙は天へ"飛昇"できる存在……。中国人にとっては半ば常識のようなそんな知識を、日本人にどう伝えるかも難しかった部分だ。
「説明が多いと視聴者は海外作品だということを必要以上に意識してしまうし、セリフで説明しすぎるのも話の展開をさえぎってしまう。そもそも、同じセリフでも中国語より日本語のほうが長くなるので、アニメの口の動きと合わなくなる。翻訳においての取捨選択は難しい作業でしたね」
これまでは日本の作品を海外に提供するケースが多かったアニプレックスだが、「社内に『面白かったらやってみようよ』という空気があり、海外作品へのハードルの高さはなかった」と黒崎氏。
「サブスクリプションでの動画視聴が根付いていくなかで、ジャンルの多彩さや作品数の多さが勝負になる面もある。中国でも人気Web小説はすぐに大手動画配信サービスがアニメ化の権利を握ってしまう状況です。ただ、それだけにビジネスの商材としてアニメを作っていく考え方には学ぶところも大きいなと感じます。今後もアニプレックスとしていろいろ予定しているものはあるので、楽しみにしていてください」
(ライター 横田直子)
[日経エンタテインメント! 2021年10月号の記事を再構成]
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