しかし幸いなことに、大組織になっても政治を阻止し、新しいことをとり入れられるケースがある。その組織がやっていることは、①新しいことを行う組織に独立と自由を与えること②新組織と古い大きな組織の間での知識の行き来を促すこと――の2つだ。

本書で最初に紹介される例は、第2次大戦時の米軍だ。1943年の春ごろまで、米軍はドイツの潜水艦に船をことごとく沈められていた。当時は潜水艦の位置をとらえるレーダーがなかったのだ。技術がなかったわけではない。むしろ1930年ごろに技術者が米軍にレーダー技術の売り込みも行っていたが、とり合ってもらえなかった。規律重んじる大規模な軍隊は、あれやこれやと理由をつけて新しい技術に見向きもしなかったのだ。

戦争がその状況を変えた。時の大統領ルーズベルトは、ブッシュという男に自由を与え、新たな技術を研究開発する組織を率いさせた。ブッシュは、研究にだけ没頭したわけではない。何度も軍側とコミュニケーションを重ねた。何が現場の課題で、それをどう技術で解くことができるかを考え、そしてその技術を丁寧に軍に伝えた。新しい組織と古い組織間の知識の伝達を積極的に行って、新旧のバランスを絶妙にとり続けたのだ。その後米軍は技術でドイツを圧倒していく。

絶妙なバランスは難しい――フェイスブックの場合

こうした成功談は聞こえはいいが、多くの人が自社でできる気がしないと思うであろう。実際、この絶妙なバランスを保つことは容易ではない。サラ・フライヤー『インスタグラム:野望の果ての真実』(井口耕二訳,NewsPicksパブリッシング)は、その難しさを鮮明に語ってくれる。

フェイスブック(現メタ)の創設者ザッカーバーグは、インターネットの世界の栄枯盛衰に誰よりも危機感を持っている男だ。社員には「今のフェイスブックをたたきのめすようなものを作れ。我々が作らなければ、どこぞの誰かが作ってしまう」と訴えかけていた。

これほどの危機感を持っていた男は、新たないいサービスを作った会社を、先手をうって買収してしまう手法をとった。そこで2012年に買収されたのが、写真を共有するアプリを作っているインスタグラムだ。まだ利益が出ていない社員たった13人の会社を、社員約4600人規模のフェイスブックが買収することとなったのだ。

ザッカーバーグが、インスタグラムの創設者であるシストロムを口説き落とした言葉が、「独立性」だ。ルーズベルトがブッシュに自由を与えたように、ザッカ-バーグも買収後のインスタグラムの方針に口を出ないことを約束した。

この独立性はインスタグラムにとってとても重要なものだった。何せ両社の方針は、フェイスブックは「数」が全て、インスタグラムは「質」が全て。と180度違うものだったからだ。

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イノベーションを標榜しているリーダーも最後は政治を