実は中ノ瀬さんはロボット開発のエンジニアではない。大学も文系だ。どのようなキャリア人生を歩んできたのか。

出身は大阪府枚方市。子供の頃からSF(サイエンスフィクション)やロボットの組み立てなど電子工作が好きだったが、理系には進まなかった。大阪市の名門私立校、清風高校から同志社大学法学部に進学した。母子家庭で育ち、いち早く自立して母親を安心させたかった。興味のあったIT(情報技術)を生かした起業も考えていた。「3年で独立したいのですが、それでもいいですか」。2009年に入社した日本IBMの幹部には事前に断りも入れた。同社では業務システムの導入に携わり、自前でプログラム技術も習得した。予定通り3年で退職。政府の若手派遣プロジェクトを活用し、香港やシンガポールで半年余りを過ごし、起業の準備を始めた。

インドで成功も物足りず

「伸びているマーケットで起業しないと。インドやアフリカが狙い目だ」とシンガポールの投資家からアドバイスされた。仮説の検証を繰り返し、収益重視の市場戦略を考え抜いた。日本人の起業家は東南アジアで増え始めているが、「インドは難しい」と手つかずのまま。ただ、インドにもスズキやホンダなど1000社余りの日本企業が進出している。「最初はインドの日系企業向け情報サービスの受託事業に絞り、次にインド市場向けにビジネスを展開しよう」とデリー郊外のグルガオン(現グルグラム)でITベンチャーを立ち上げた。大学時代の仲間ら日本人3人で起業し、喧噪(けんそう)の街中をバイクタクシーに乗って営業に回った。日系企業のウェブサイト構築やSNS(交流サイト)運用などの事業からスタート、次の年にはIT都市のベンガルールに移り、インドの現地企業やインド人のスマートフォンユーザー向けのITサービスにも取り組んだ。

ギタイの宇宙用作業ロボット

事業は1年ほどで安定し、計算通りに収益は上がったが、物足りなかった。「ビジネス的にはうまくいったが、これは自分のやりたかったことなのか」と自問した。そもそも収益モデル作りに躍起になったが、何のビジョンも作らなかった。起業の熱が冷め、モチベーション(士気)が下がった。

次のページ
「日本のイーロン・マスク」になれるか
ビジネス書などの書評を紹介
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら