西播磨地方を南北に流れる揖保川。中流域に開けた盆地に弥生中期、大集落が営まれていた。その跡は現在は新宮宮内遺跡と呼ばれ、歴史公園として整備が進んでいる。地域史を子供たちに伝えようと、このほど住民らの手で竪穴住居が復元された。
■「茅の確保が一苦労」
「屋根を葺(ふ)いたのは45年ぶり。こつを思い出しながら作業したけど、できばえはいまひとつやな」。屋根葺き職人だった経験を生かし、住居復元に参加した中田義晴さん(79)はこう語りながらも「久しぶりやし」と笑みがこぼれる。「材料の茅(かや)を確保するのが一苦労やった。皆に『あっちにある』『こっちで見た』と教えてもらい、市内一円から刈り取って集めた」と振り返る。
整備中の公園内に直径約10メートル、高さ約6メートルの竪穴住居が完成したのは4月末。指導した兵庫県たつの市教育委員会の義則敏彦さんは「市民ボランティアが復元した竪穴住居は他にもありますが、県内ではこれが最大では」と話す。