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歴史博士

上洛の信長が攻めた城塞と人魚の寺観音寺城跡(滋賀県近江八幡市) 古きを歩けば(26)

2012/4/17

歴史博士

琵琶湖の東岸にそびえる繖(きぬがさ)山。南側の山腹に、崩れかけた石垣群が広がっている。室町~戦国時代、近江守護だった佐々木六角氏が構えた観音寺城の跡だ。緑深い山中に、大小さまざまの自然石を積んだ石垣をたどると、山岳寺院をもとに築いた風変わりな縄張りをなぞることができる。

家臣の屋敷があったとされる伝平井丸跡。巨石を積み上げた出入り口部(虎口)が威容を見せる(滋賀県安土町)

石垣を先駆けて多用

繖山は標高432メートル。山上駐車場まで有料の林道を登り、中腹にある西国三十三所巡りの札所、観音正寺の境内を抜けて城跡を目指す。うっそうと茂る樹木や竹林の合間から、あちこちに石垣が姿をのぞかせている。山頂から南西に延びる尾根筋に出ると、本丸跡と伝えられる平たん地や、家臣の屋敷があったとされる「平井丸」「池田丸」など曲輪の跡が折り重なっている。周囲を巡る石垣や斜面を上る石段は今も威容を見せるが、崩れかけた箇所も多く注意が必要だ。

本丸があったとされる伝本丸跡。1969、70年に発掘され、建物や庭園の跡や輸入陶磁器など、六角氏が生活していた痕跡が見つかった

観音寺城跡は山頂から南麓にかけて東西1キロ、南北700メートルの範囲に及ぶ。中世山城では全国有数の規模という。一番の特徴は当時の“ハイテク”、石垣を他に先駆けて多用した点だ。城と石垣は切り離せないイメージがあるが、実は全域に石垣を巡らせた「総石垣」の城は1576年、織田信長が築いた安土城が最初とされる。だが安土城の約2キロ南東にある観音寺城はその30~40年ほど前、すでに大半の曲輪に石垣を巡らせていた特異な例として城郭史に名を残す。

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