2014/3/25

本日入荷 おいしい話

肉厚のブランドキノコとの対面に驚き、興奮やまぬ記者たちを尻目に、小西さんは調理を開始、(1)おでん(2)ステーキ(3)ホイル焼き(4)みそグラタン(5)天ぷら(6)スッポンのスープ――の6品が次々にカウンターに出てきた。

香り+濃厚な味 料理人「マツタケ以上の食材」

小西さんが作った「のとてまり」(左)、「のと115」(中央)、「普通のシイタケ」(右)のステーキ

「アワビのようなかみ応え」(野菜ソムリエの女性)、「料理によっては茶碗蒸しのような柔らかさも感じとれる」(同僚の記者)。食べ慣れているシイタケとはまったく異なる、弾むような歯ごたえとその直後に口の中に広がる濃厚な味。ほおの内側に吸い付くような何ともいえない食感……。

小西さんは「のとてまり」について、一料理人の立場から「香りとともに味も備わっている。香りだけで味はほとんどないマツタケ以上の食材」とみる。

「のとてまり」だけではない。各地で高級シイタケ作りに力を乗り出している。「のとてまり」の基になった品種「菌興115」を開発した日本きのこセンターのおひざ元、鳥取県では4月にも生産者・行政・関係団体などで協議会を発足。3年以内に「菌興115」を使ったシイタケのブランド化を目指す。

きのこアドバイザーで日本椎茸農業協同組合連合会顧問(元会長)の小川武廣氏は著書「乾(ほし)しいたけ 千年の歴史をひもとく」(2012年、女子栄養大学出版部)の中で、日本でシイタケが食べられるようなったのは9世紀ごろ。「弘法大師(774~835年)が唐(中国)から帰国後、干しシイタケの食習慣を伝えたといわれる」と指摘する。

戦国時代までは大名など上流階級しか食べられなかった。庶民が食べるようになったのは、栽培が始まった江戸時代に入ってからだ。

シイタケの価格はマツタケの10倍だった

そのシイタケ、かつてはマツタケよりも高い食材だった。例えばマツタケ産地の一つ、三重県。県史編さん班の調べによると、明治44年(1911年)、1キロあたりの価格はシイタケ1円30銭に対してマツタケは15銭だった。価格差は10倍近い。シイタケだけでなく、米1升(1.5キロ16銭)と比べてもマツタケ1キロの方が安かった。昭和10年(1935年)になるとシイタケ3円85銭に対し、マツタケ87銭とその差は縮まるが、「昭和30年(1955年)ごろまではシイタケの方が高かったようです」(県史編さん班の吉村利男さん)。

マツタケの安さを物語るこんなエピソードもある。「松茸(ものと人間の文化史)」(有岡利幸著、1997年、法政大学出版局)によると、国内有数のマツタケの産地、京都では大正時代ごろまで「マツタケが邪魔になるので、けっとばして歩いたといわれるほどだった」という。同じくマツタケがよく採れた山口県の瀬戸内海の小島で育った主婦(75、福岡県在住)は「子どものころマツタケは近所にたくさん生えており、いためて食べていた」と話す。

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戦後の燃料革命で価格が逆転、輸入物が追い打ち