フルーツいっぱいの爽やかスペイン菓子
世界のおやつ探検隊
この2、3年、日本で話題となっている海外菓子の一つに、スペイン発の「チュロス」がある。チュロスとは、少し硬めの食感で、砂糖とシナモンをまぶした細長い揚げ菓子のこと。専門店が国内各地に続々とオープンし、日本ならではのバリエーションも登場し、人気を集めている。
そんな中「スペインではチュロスは、特に冬に食べるお菓子なんですよね」と教えてくれたのは、東京・御茶ノ水のスペインレストラン「ラ コシーナ デ ガストン」のシェフ、デービッド・ガルシアさん。
「チュロスは濃厚で甘いドリンクチョコレート(チョコラーテ)に浸して食べるんですが、このチョコラーテはすごくカロリー(熱量)が高い。だから、体がとても暖まるんですよ」
季節などは関係ないシンプルな揚げ菓子だと思っていたので、これは意外です。
それならば、と、スペインで暑い季節によく食べるお菓子は何かと聞いてみた。すると、「フルーツをたくさん使った、さっぱりとしたお菓子ですね」とデービッドさん。夏の定番菓子かき氷も、バナナやマンゴー、イチゴなどを細かく切って載せ、シロップをかけて食べたりするそうだ。それでは、フルーツたっぷりのスペインのお菓子を満喫しましょう。
彼がまず紹介してくれたのが「フラン・デ・バイニージャ」だ。
スペインでいうフランとは、オーブンで焼いて作るプリンのこと。バイニージャとはバニラのことで、つまりはバニラ味のプリン。これにフルーツを合わせれば、さっぱりとした季節のデザートになるわけだ。出てきたフランには、オレンジ、レモン、リンゴ、チェリー、ブラックベリー、パイナップルとフルーツがてんこ盛り。
我らが「世界のおやつ探検隊」もいろいろなフラン(プリン)を知っていますが、こんなに豪華なバージョンは初めてです。「何を載せるかは、季節やそれぞれの家庭、レストランで違いますが、僕が好きなのは酸味のあるオレンジ、イチゴ、パイナップルですね。爽やかな味わいでとてもおいしいんです」とデービッドさん。「生地にコーヒーを混ぜる人もいますが、これもフルーツと相性がいいんですよ」
もう一つ、紹介してくれたのが「クレマ・カタラナ」。これは、"カタルーニャ風クリーム"という意味。器に盛った硬めのカスタードクリームの上に砂糖をかけ、バーナーなどで焼いたものだ。
カタルーニャ地方とは、バルセロナなどを抱えるスペイン北東部の地域。同国では、この地方以外の地域ではあまり見かけないお菓子なのではと想像していたが、「今ではスペイン全土でポピュラーなお菓子ですよ」とデービッドさんは教えてくれた。
クレマ・カタラナは、日本でもよく知られたフランス菓子の「クレーム・ブリュレ」によく似ている。似ているどころか実は探検隊、これらはほぼ同じものではないかと思っていた。
ところが、デービッドさんの一言で、それは間違いであることが判明。
「スペインでは、基本的にシナモンと、オレンジやレモンの皮をすったものをクリームに混ぜるんです。だから、さっぱりしている。僕は、卵の味だけがするクレーム・ブリュレはあまり好きじゃないですね」
なるほど。ヨーロッパの南に位置するスペインとその北にあるフランスとは自然に食べ方も異なってくるわけだ。
フラン・デ・バイニージャやクレマ・カタラナは、親族や友達などが集まる週末や誕生日などに家庭でよく作るお菓子だという。大きな器で作って、みんなでそこからスプーンですくって食べるのだそうだ。
デービッドさんが子どもの頃は、お父さんがこのクレマ・カタラナを週末によく作ってくれたのだという。お母さんではなくてお父さん、と驚いていると「スペインでは男性もよく料理します。僕の父は特に料理が好きだったので、日曜日は朝食から夕食まで彼が作ってくれましたね」と彼は振り返る。デービッドさんにとって、クレマ・カタラナは、おふくろの味ならぬ"おやじの味"だったんですね。
さて、シナモンが効いた、レモンやオレンジの爽やかな風味のクレマ・カタラナをいただいていると、デービッドさんが店の奥から何やら不思議な形状の道具を持ち出してきた。木製の取っ手が付いた棒の先に、丸い鉄製の円盤が付いている。
「これは、クレマ・カタラナを焼くための『ケマドル』(焼くという意味)という焼きゴテなんです」
円盤の部分を火で熱して使うらしい。丸い器に適した円形のものだけではなく、四角いケマドルもあるという。専用の焼きゴテなんて料理人しか使わない道具かと思ったら、「家庭でも、バーナーを使わずにケマドルを使ったりしますよ」とデービッドさんは言う。
フラン・デ・バイニージャもクレマ・カタラナもカスタード菓子の一種だが、スペインにはそのほかにも様々なカスタード菓子がある。クリスマスに食べる「ナティージャ」と呼ばれるお菓子もカスタードクリームの一種で、ビスケットと一緒に食べるのだそう。
また、カスタードクリームを揚げた「レチェ・フリータ」(牛乳のフライの意味)もポピュラーで、シナモン、オレンジ、レモン味などがあるそうだ。ちなみに、チュロスは家でも作るらしいが、レチェ・フリータは家ではあまり作らず、移動屋台で売られているものを買うことが多いのだとか。「レストランのメニューにはありませんが、リクエストすると作ってくれたりしますね」とデービッドさん。
最後に、彼に日本のお菓子の感想を聞いてみた。すると「あんこが苦手」だと言う。スペインでは豆をよく食べるのだが、料理に使う素材であるため、豆を甘く味付けしたあんには抵抗があるそうだ。
「知り合いのスペイン人に聞いても、大抵は苦手ですね」と言って一息つくと、彼は「スペインにはお米を甘く味付けした『アロス・コン・レチェ』(アロスは米の意味)というお菓子があるのですが、日本人はあまり好きじゃない。お米が主食だからでしょう」と続けた。
スペイン料理は日本でも特に人気の高い外国料理の一つ。だから、フランもクレマ・カタラナもよく街で見かけるデザートだったけれど、そこに詰まっていたスペインらしさに、今回初めて気づかされた。
ちなみに日本ではスペイン料理といったらこれ、というイメージのある米料理「パエージャ(パエリヤ)」ですが、「スペインではそんなに食べる料理じゃないですね。冷蔵庫に残り物の野菜があるから、パエージャにして使っちゃおうかという感覚です。日本人も残り物でチャーハンを作るでしょう」とのこと。
今度スペインの料理を食べるときには、これまでとは違うかの国の風景が見えてきそうです。
ラ コシーナ デ ガストン
東京都千代田区神田駿河台4-4 丸中ビルB1F
電話:03-3255-5739
ホームページ:http://lacocinadegaston.jp/
[Webナショジオ2013年7月5日付の記事を基に再構成]
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