あなたがまだ知らない「パンケーキ」の国
世界のおやつ探検隊
パンケーキがはやっている。アメリカ本土やハワイ、オーストラリアの人気店が続々と日本に進出、店の前には連日大行列ができている。しかし、パンケーキをよく食べるのはこうした国々だけではない。東欧からアジアにまたがる大国ロシア(ロシア連邦)でも、実はパンケーキは"国民食"といっていい食べ物らしいのだ。
パンケーキはデザートではない?
そこで、"新しい"パンケーキと出会うために、東京・錦糸町のロシア料理レストラン「スカズカ」を訪れた。日本に来て10年になるというロシア人ユリア・モレワさんが、女性パートナーと共に4年半前にオープンした店だ。お店のコンセプトはロシアの"おばあちゃんの家"。「子どもの頃、夏休みになると訪れた自分の祖父母の家のようなお店を出したくて」とユリアさん。料理も、彼女やお店の人たちのおばあさんやお母さんの手作り料理を再現したものだという。
そして、その"おばあちゃんの家"のメニューにあるのが、ロシア版パンケーキ「ブリヌイ」だ。メニューを見ていると、デザートではなく「サイドディッシュ」のコーナーにブリヌイがあった。そういえば、取材をお願いしたとき、「世界のお菓子やデザートを紹介するコーナーなんです」と記事の趣旨を説明すると、「うちはデザートはやってないんです」とユリアさんは言っていた。日本ではパンケーキはお菓子の一種というイメージが強いが、ブリヌイはいわゆるデザートではないらしい。
どんなときにブリヌイを食べるのかを聞いてみると「朝食のとき、特によく食べますね」とユリアさん。お皿に盛られた何枚ものブリヌイを、家族銘々が自分のお皿に取り分けてジャムやサワークリームなどを付けて食べるのだ。
イクラ入りだってある、バリエーションもいろいろ
お店のメニューには、サワークリームや、ブルーベリー、イチゴ、リンゴの手作りジャムを添えたブリヌイがあった。いただいてみると、小麦粉、卵、牛乳から作るという生地はもっちりとしていて少し塩気も感じる。「日本のジャムとは全然違うんですよ」とユリアさんが言う通り、フルーツの形がそのまま残ったジャムと一緒に食べると、リンゴのシャキシャキとした食感などがアクセントとなり、素朴だけれどとてもおいしい。酸味のあるサワークリームとの相性も抜群だ。
「私の母は、リンゴをおろしたものをブリヌイの生地に混ぜ込んだものを作ってくれたものですが、本当においしかったですね」とユリアさんは子どもの頃を思い返す。
鶏や豚のひき肉やマッシュルームをパンケーキ生地で巻いたブリヌイもポピュラーだそうで、昼食時によく食べるという。こうしたメニューを出すファストフードチェーンもあるそうで、想像以上にパンケーキはロシアの人々の生活に密着しているよう。
「クリスマスにはイクラを巻いたブリヌイを食べます。今ではスーパーに並ぶ魚介類の種類は豊かになりましたが、旧ソ連時代は限られたものしか手に入らなかったんです。そうした中で、イクラはぜいたく品だけれど入手できたので、これを使ったブリヌイがクリスマスなどハレの日の食卓を飾るようになったんです」とユリアさんは説明してくれる。
スカズカにもイクラを巻いたブリヌイがある。いただいてみると、パンケーキが食事の一品に大変身。ロシア人でなくても、ちょっとぜいたくな気分だ。
聞いてみると、学校の給食にもブリヌイにサワークリームを添えたものなどが出たそうだ。ちなみに、こうした給食時の飲み物は紅茶や「コンポート」と呼ばれるフルーツジュース。日本でコンポートというとフルーツの甘煮のことを指すが、ロシアのコンポートは、生のフルーツやドライフルーツを甘く煮て作る飲み物のこと。同地の定番の飲み物らしい。
「パン」をジュースにしたらどんな味だろう……
ふとユリアさんが立ち上がり、「ロシアではこんな飲み物もポピュラーなんですよ」と、麦茶のような色合いの飲み物を出してくれた。「黒パンジュースです」という。
パンのジュース……と不思議に思いながらグラスを鼻に近づけると、おお、確かにジュースなのに黒パンの香りがする。飲んでみると液体なのにやっぱり黒パンのような風味。爽やかでおいしい。「作り方はヒミツ」とユリアさんは笑ったが、後で調べてみると黒パンをオーブンなどで乾燥させ、干しブドウと共にお湯に浸してしばらく置いた後、イーストと砂糖を入れて発酵させたものらしい。「クワス」と呼ばれるもので、特に夏の間よく飲まれるのだという。
生クリームをたっぷり盛ったものなど人気のアメリカ流パンケーキもおいしいけれど、さっぱり食べられるブリヌイとクワスの組み合わせは、日本の食卓にもなじみそうです。
さて、実はロシアのお菓子を調べているうちに、とても興味深い名前のお菓子に遭遇した。「アリ塚ケーキ」(「ムラベイニック」と呼ばれる)。そう、あの昆虫のアリの巣をモチーフにしたケーキだ。
ユリアさんにも食べたことがあるかと聞いてみると、「もちろんあるわ」との答え。でも、格別ポピュラーなものではないらしい。作り方は様々ということだが、あまりにインパクトのある名前にロシア語のサイトをはじめネットでレシピを検索、自分で作ってみました。
「アリ塚ケーキ」を自作、さてそのお味は?
アリ塚ケーキの材料は、小麦粉、バター、砂糖、サワークリーム、加糖練乳とケシの実。小麦粉とバター、砂糖、サワークリームを合わせて生地を作るのだが、なんとこれを肉のミンチ機に入れ、ミンチ状にする。ネットで見るこのうねうねと細長い形状となった生地が、小学校のときに勉強したアリの巣の土中に広がるトンネルのイメージに重なり、かなりリアルにアリ塚を再現している気分になってくる。
ミンチ状にした生地をオーブンで焼き、それをさらに細かく砕いたものを加糖練乳とバターを合わせたクリームであえ、アリ塚を模した小山を形作り、上からケシの実をかければ出来上がり。ちなみに加糖練乳は、缶ごとお湯に入れ煮詰めてクリーム状にして使う。日本ではあまり見かけない練乳クリームだけど、世界では大定番のお菓子の材料なんですね。
さて、アリ塚ケーキ、ケシの実がこれまたリアルにアリを想像させ、ちょっと「不思議」なお菓子だけれど、探検隊本部の隊員たちに食べてもらったところ、想像以上に好評。練乳クリームを使っているため甘いお菓子なのだが、「ケシの実が香ばしくていい」「サクサクのクッキーのような生地がいい」「ヨーグルトをかけてもよさそう」などの声があがり、「クセになりそう」という声も。
いつかホンモノのアリ塚ケーキも食してみたいものです。
スカズカ
東京都墨田区江東橋4-19-12 近代ビル2F
電話:03-3632-5772
ホームページ:http://skazka.jp/
[Webナショジオ 2013年8月2日付の記事を基に再構成]
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