進化する国産リンゴジュース カギは「無酸素」
■日本市場を中国が席巻
記者が飲んだリンゴジュースの原料が輸入なのか、国産なのかは、実のところはっきりとは分からない。というのも、果汁を使った商品は、原料の果汁を生産した国にかかわらず、日本で商品化されれば国産と表示されるためだ。このためパッケージを見ただけでは判断できないことが多い。
貿易統計などから推定すると、リンゴ果汁を使った国内の商品の約8割は輸入品だ。記者が飲んだリンゴジュースは、飲み慣れたごく普通の味だった。ということは輸入品を原料に使っている可能性が高そうだ。
リンゴ果汁の輸入先の多くは、生産量世界一の中国だ。中国では近年、「経済発展とともに生食用のリンゴの需要が増え、搾汁用が不足するようになった」(輸入商社)という。円安もあって輸入果汁の価格も上昇しているが、それでも国産の半値前後という安さを武器に日本市場を席巻している。
ただ、そもそも輸入果汁は、ほとんどが原料果汁を濃縮還元したものだ。日本に向けて出荷する前に、搾った果汁の水分を取り除いて濃縮し、国内に持ち込んだ後、取り除いた分の水を改めて加えて「100%」の状態に戻している。濃縮するとかさが減るため輸送コストを削減できるが、半面、鮮度が落ちたり風味が失われたりするデメリットがあるとされる。
■国際線サービスドリンクに採用
中国のリンゴは「渋みや苦みが多いため、本来体に良いとされ、味をまろやかにする繊維などを取り除かないと飲みづらい」(輸入商社)との指摘もある。私たちが日ごろよく目にするあの褐色の透明なジュースは、実は、繊維を取り除くなどの工程を経てはじめて商品となっているのだ。
一方の国産リンゴ果汁はどうなのか。決して中国に押されっぱなしというわけではない。
国産のジュースの原料は、ろ過しない「混濁果汁」で、かつ濃縮還元をしていない果汁が多い。このため味の面では国産に優位性があるといえる。
このほど日本航空(JAL)の国際線ビジネスクラスの無料サービスドリンクにJAアオレン(青森県弘前市)の「希望の雫(しずく)」が採用され、10月から提供が始まった。
乳白色の混濁果汁から作った100%のジュースで、原料のリンゴ果汁は品種「ジョナゴールド」「ふじ」「王林」の搾りたてだけをブレンドして使っている。
■空気にまったく触れさせずに製造
リンゴ果汁は酸素に触れると品質が劣化してしまう弱点があり、製造過程で酸化防止剤が添加されることが多い。しかしJAアオレンの製造ラインは、搾汁するための装置が密閉型で、装置内は窒素を充満させて無酸素状態にしている上、最終的な容器詰めまでいっさい酸素に触れない仕組みを整えている。酸化防止剤を添加せずに済むため味を落としてしまうこともない。
JAアオレンの小笠原康彦参事は「メーカーの中でも、ここまで徹底して酸素に触れないように製造しているのは我々だけだ」という。通信販売などで1リットル入りのビン6本を2000~2400円程度で売る。
記者も試飲してみたが、まるでリンゴを丸かじりしているかのようで、リンゴ本来の微妙な味や香りがふわりと感じられる。口当たりが優しく、どぎつい甘さもない。まわりで試飲していた人たちも「すっきり飲める」「どれだけ飲んでも飽きがこない」と褒めていた。
「希望の雫」の国内販売量は、2013年に1リットル入りビン120万本強と、08年発売当初の3倍以上に増え、今年はさらに13年を上回るペースの売れ行きだという。台湾などへの輸出も、今年9月時点で既に前年を4割上回っている。
■2本で1万5000円の超高額商品も
こうした高級リンゴジュースの生産が国内で増えている。その一つ、増田町物産流通センター(秋田県横手市)の「レ・ポム・ドゥ・セザンヌ」は、720ミリリットル入り2本で1万5000円というリンゴジュースとしては超がつくほどの高額品。商品名の意味も「セザンヌのリンゴ」で、何とも格調高そうな雰囲気だ。原料には生食用リンゴを使っており、贈答用としての人気が高いという。
リンゴで町おこしを狙う青森県板柳町も、樹上で完熟させたリンゴだけを原料に使った720ミリリットル入り・1本1000円のジュースを販売している。
もともと、加工用に回るリンゴは、主に霜の害で表面に凹凸ができたり、未熟なまま地面に落ちるなどして生食用として売れなくなったものだった。天候などで増減があるが、各農家の全出荷量の15%ほどが加工用に振り向けられる。
市場では、加工用は生食用のリンゴの4分の1から5分の1の価格で取引される。天候不順などで加工用にまわすリンゴが増えると、農家の収入は大きく減ってしまう。「農家は品質のよいリンゴの生産を目指している。最初から加工用を栽培するのはプライドが許さない」(青森県りんご対策協議会、青森市)という農家のこだわりもある。
しかし最近は、生産者の意識にも変化が見え始めている。リンゴ加工品に意欲的な生産者も多く出てくるようになった。
「ジュースやアップルパイなどに向く品種を栽培し、需要を取り込んでいきたい」と話すのは青森県弘前市の生産農家、石岡紫織さん。皮をむくのが面倒だとの風潮もあって、生食用リンゴの消費量は落ち込んでいる。そんな中、石岡さんのように、生産者も消費者の多様なニーズに目を向け始めた。現時点ではリンゴ果汁での輸入品の優位は変わらないが、国産果汁の反撃は今後徐々に勢いを増していくことだろう。
(商品部 三隅勇気)
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