EVAからESG経営へ 花王は革新が企業文化

伊藤 かつての花王は「EVA経営」の優等生として知られた。それが今は、トップがEVAとESGを融合しようと言っている。普通の会社の社員なら戸惑いますが、なぜ花王はESGの社内実装をいち早く実現できたのですか。

沢田 企業文化でしょうね。創業して130年以上の会社ですが、絶えざる革新、困難を乗り越えて先にゆこうという理念が根付いています。中期経営計画「K20」でESG経営を打ち出したときも社員は違和感を覚えなかったと思います。いきなり言ったわけではなく、以前から環境対策の取り組みはやってきました。企業理念の実践が今はESGなのかと社員は腹落ちしています。

伊藤 確かに花王は打つ手が一貫しているのが特長。歴代社長が代わっても、企業文化を背景に経営戦略を描き、人材育成も進めている。

沢田 花王は「革新」を是とする会社です。ESG活動と利益創出、相反するように見える2つの課題を解決し、どう両立させるのか。そのためのデザインを描くのが経営です。私は白いキャンパスに新たなデザインを描くのは得意です。研究員時代に新しいマニキュア開発を手掛けました。従来品は、爪が黄ばんだり、傷みやすくなったりするという課題があった。水性マニキュアにすると、その課題は解決するが、手を洗うとはがれやすくなる。そこで発想を変え、全く新しい素材を活用して2つの課題を解決する革新的な商品を開発しました。研究部門の出身者が経営者になれるのかと最初は自分でも思いましたが、無から有を生み出す、白いキャンパスに絵を描く練習はしてきました。

ESG重視の人事制度、沢田サロンで人材育成

伊藤 これまで大学で多くの学生を教えてきました。卒業して10年もたつと、就職先の会社によって能力の差が相当付きます。企業は人材教育の場。花王はESG経営を追求するうえで、新たな人材育成が欠かせない課題になりますね。

沢田 それで新たな人事制度を考えました。従来のKPI(重要業績評価指標)に変えて21年度から「OKR」という人材活性化制度を導入しました。ESG貢献度が各社員の目標の大きな柱になっています。会長に就任して、マネジメント層の育成に直接取り組むことも始めました。35~45歳のマネジャークラスの123人を22チームに分けて自由に対話する「沢田サロン」をやっています。コロナ下で何を感じているとか、雑談のような話から始まって、社員の潜在能力を引き上げるにはどうしたらいいのか、というようなテーマで今対話を繰り広げています。マネジャーの役割は労務管理ではなく、いかに部下のポーテンシャルを高め、チャレンジさせる環境をつくるかにあります。ESGを自分ごと化して、行動変容を起こしてほしい。他に予定のない日はほぼ毎日2回、各2時間ぐらい対話しています。リモートなので、実現した面はありますが、今後は海外の管理層にもこの試みを広げていきます。

伊藤 普通、大企業の社長、会長は多忙を理由に若手のマネジャークラスと対話することはほとんどありません。大半が門前払いを食らう。対話は非常に大切。相手を論破するようなリーダーでは人材は育ちません。トップと対話を重ねれば、社員は腹落ちして、積極的に行動するようになります。ESG経営を支える人材もどんどん育つでしょうね。沢田さんの目指す新たな「企業価値経営」には経済界は注目しています。

沢田道隆
 1955年大阪府生まれ。81年大阪大学大学院工学研究科修士課程修了、花王石鹸(現花王)入社。一貫して研究開発部門に携わり、素材開発研究所室長やサニタリー研究所長などを経て2006年執行役員。12年6月に社長に就任。21年1月から現職。
  
伊藤邦雄
 1951年千葉県生まれ。75年一橋大学商学部卒業、92年同大教授。現在は同大CFO教育研究センター長で、名誉教授 2014年にまとめた国の最終報告書「伊藤レポート」は経済界に大きな影響を及ぼした。「企業価値経営」(日本経済新聞出版)など多数の著書がある。

(代慶達也)

企業価値経営

著者 : 伊藤 邦雄
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 4,620 円(税込み)

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