――行動変容におけるデジタル化の影響やメリットは?

「5点挙げます。まず、行動変容を起こすための介入が個人ごとに個別最適化できるようになりました。コロナ対策アプリのように、濃厚接触の可能性がある人だけにメッセージを流すとか、その人の状況に応じて行動のインセンティブを与えたりできます。2番目は介入手段の多様化です。多くの人がスマートフォンなどのデジタル機器を使うようになったことで、動画コンテンツなど従来の対面や書面に代わる方法が使えるようになりました。ネットを通じたバーチャルなコミュニティーでのメンバー同士の励ましあいをアレンジするといった手法も登場しています」

「3番目は介入対象とのコミュニケーションの量と質に関することです。デジタルメディアを使うことで多数の個人との双方向のやり取りが容易になりました。チャットボットを使って毎日24時間介入することもできます。4番目は介入のプロセスや効果の透明性が確保されることです。あらゆるモノがネットにつながる『IoT』や各種のセンサーを活用することで、行動データがリアルタイムで得られ、また、介入後の行動を追跡することで介入効果が正確に測定できるようになりました。これは特にデジタルマーケティングの分野で進んでいます」

「5番目が行動変容の手法の見直しやアップデートが容易になったことです。ウェブマーケーティングでよく使われるABテストのように、どんな介入方法がより効果的かの判断が容易になりました。行動科学は様々な理論や科学的な実験に基づいた理論が続々と登場しています。そうした最新の成果を取り込むのに、アップデートの容易さは非常に意味があります」

――行動変容のデジタル化は海外の方がより進んでいるのでしょうか。

「行動変容の先進的な取り組みが欧米企業に多いのは事実です。日本では、企業のマーケティングやプロモーション部門が、データに基づいた戦略を手がけ、その効果もデータで評価するというやり方がまだ始まったばかりです。欧米の先進企業はその段階はすでに終えており、現在はマーケティング部門にとどまらず製造・開発など他部門を巻き込み、ビジネスそのものが顧客行動に及ぼす影響を行動科学の文脈で検討し、企業文化を含め全社的な企業活動を動かしていこうという例が増えています」

――行動変容にデジタル技術を使うことが新たな倫理問題につながる可能性はありませんか。

「行動変容に向けた手段がデジタル化に伴って高度化するあまり、介入される側が行動変容されていることに気づかない可能性があります。例えば政治など、中立性が求められる分野においても、世論を誘導する方法は以前からありましたが、人々が公平に情報に接しその行動に至ったのかという過程がデジタル化によって見えにくくなり、倫理上の論点になると思います」

「さらに、これは行動科学の分野で以前から議論されていることですが、人をある方向に誘導すること自体が本当に良いことかという問題です。例えば健康になるとか、生活習慣病にならないことは一般的には良いことですが、人によっては甘いものを食べたいとか、運動などしたくないという自由があります。行動変容の手法はあくまで道具です。デジタル化が進む中、行動変容の手法を使う側の倫理観が問われるとともに、受け手側も自身にとって望ましい行動を効率よく取り入れる手法として活用していけるため理解を深める必要があります」

(編集委員 吉川和輝)

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