2021/3/9

震災10年・離れて今

――小学校の避難所生活を経て大学進学。故郷を離れてみて気づいたことは何かありますか。

「やっぱり吉里吉里が好きだなと感じましたし、日本代表になって地元に明るいニュースを届けたいなあとも思うようになりました。代表になることが自分だけの目標だったら諦めてもいいかなと思うんですけど、そうじゃなくなったので、つらいことがあっても、やってこれたのかなと思います」

「東京では吉里吉里といっても伝わらなかったのですが、釜石はラグビーで有名なまちとしてみんなが知っていて、すごい知名度だと思いました。日体大ラグビー部女子で優勝の目標を達成し、恩師の古賀千尋コーチ(当時)から『おまえは鉄人だ』と言われたときは(『北の鉄人』と呼ばれた新日鉄釜石ラグビー部の系譜につらなる)釜石の一員になれたのかなと思えてうれしかったです」

被災者にしかわからない気持ちがある

――上京後はあまり被災地のことにふれなかったそうですが、どんな気持ちでしたか。

「今でもなんていうか、あまり(周囲の空気を)暗くしたくないので……。震災で被災した人にしかわからない気持ちもあるかなと思っていますし、気を使われるのがイヤだなということもありました」

――念願のサクラフィフティーン(15人制女子日本代表の愛称)に選ばれ、出場した17年W杯では12チーム中11位。その後、オーストラリア、スペインにラグビー留学もしています。振り返ってみていかがですか。

「W杯ではふがいない試合をしてしまいました。初戦のフランス戦は、相手にすごく走られて、トライをたくさん取られました。向かってくる選手に強い心でタックルできなった。外国人ともっと戦って自分を強くすればチームに貢献できるかなと思ったのが、海外志向が強くなった理由です」

攻撃してくる相手チームの選手にプレッシャーをかける平野さん(右)(2020年12月、スペイン・セビリア)=對馬由佳理さん撮影

――現在、スペインではどんな生活を。

「週のうち3日は練習、土日のいずれかに試合がある生活です。午前9時から午後2時までスペイン語の授業を受けているので、練習はそれから。スペイン人の生活は夜型で、夜11時くらいに帰宅してからも歌っている人がいますが、あまりその生活リズムに慣れないように気をつけてはいます」

ラグビー留学中のスペイン・セビリアで自撮り(平野さん提供)

「まだまだ思ったように強くなれてはいません。今のままではW杯メンバーに入るのは難しいと思っているので、しっかり少ないチャンスを生かして、アピールできるようにしたいと思います」

――サクラフィフティーンのカラー、強みはどんなものでしょうか。

「(素早いパスの連続で)ボールを動かすラグビー。そして簡単にトライを与えない、粘るディフェンスです」

――長期的な希望は。

「岩手県に帰って、小さい子から大人まで、女子がラグビーを楽しめる環境をつくれたらいいなと思います。ラグビーは友達もたくさんできるし、人に体を当てるという普段なかなかない経験もできて、楽しいなと思う瞬間があります。ママになってもラグビーを続けている方もいます」

――ところで「恵里子」というお名前の由来は。

「『吉里吉里に恵みがありますように』と父がつけました。ちなみに姉は『吉里子(きりこ)』なんです」

(聞き手は天野豊文)