まず目の前の仕事に全力

――初めて就職したときから、もう転職することを考えていたのですか。

「最初から『いつか転職したい』とは考えていましたし、結局1年半ほどで転職したのですが、まずは目の前の仕事に一生懸命取り組もうと思ってやっていました。新入社員はまずレジ打ちからでした。レジからはお客さんの様子がよくわかります。特定の時間帯に特定の商品がよく売れていたり、他のお店のレジ袋を下げていたり。それならば、この時間にこの位置にこの商品を並べておいたほうがいいのではないかとか、あの店がうちの競合になっているから商品ラインアップを参考にしようとか、自分のポジションでできる提案をしました。大手の内定を蹴って就職していましたから、ここで成果を出せなければ終わりだと思い、積極的に提案することなどは強く意識していました」

motoさんは本名や顔を公開せずにSNSなどで発信している

「転職のきっかけとなったのは、人事部に配属されたことでした。採用担当の仕事をやることになり、地方のホームセンターによりよい人材を呼び込むためには何をすればいいのかを考えて、人事担当者としてブログを書いて発信することを始めました。そのブログが次第に多くの就活生に見られるようになり、人材会社の人の目にも留まって人材会社への転職が決まります。ホームセンターのときの私の年収は240万円でした。それが2社目で330万円に。1年半で90万円上がるならと、納得して転職をしました」

――2社目の人材会社では、次の転職を考えて何か取り組んでいたことなどはありましたか。

「最初はわからないことが多かったので、先のことを考えるよりも、とにかく目の前の仕事に必死でした。この会社では営業をしていましたが、ホームセンターのときは名刺交換すらしたことがありません。中途で期待されて入っている自分に対して、『そんなこと当然できるでしょ』という雰囲気。当たり前のことができない中で成果を期待されるという状況はとてもきつかったです」

「それでも、学びが多いと思えましたし、プライドもあったので、周りの人に教えを請いながら、営業をゼロから学んで勉強しようという気持ちでやりました。徐々に成果が出始めて、私の担当エリアは競合他社を上回って1位に。それが知られるようになりヘッドハンティングがきて、次の転職につながりました。それがリクルートでした。業界最大手で年収もトップクラス。そこから声をかけてもらえたわけですから、『断る理由はない』と決断しました。リクルートにはマネジャーというポジションをもらって年収は540万円になりました」

会社の看板か個人の力か、錯覚しない

――当初目標としていた「30歳で年収1000万円」が現実的に見える業界最大手に入ったにもかかわらず、そこからさらに転職をしようと思ったのはなぜですか。

「リクルートには約4年いましたが、実績を積み上げる中で、自分の力なのか会社の看板の力なのかが次第にわからなくなったのです。リクルートです、と言えば、すぐにアポも取れますし、話もちゃんと聞いてもらえます。『錯覚資産』という意味では使いやすいと思いましたが、一方で自分の実力がついているのかどうかは疑問でした。個人としての力をしっかりとつけていかないと、30歳以降のキャリアがきつくなると考えました。そこでベンチャーに行こうと決心して、3度目の転職でスタートアップ企業に営業マネジャーとして入社します。27歳で年収は700万円になりました」

「最初は予想通り、電話でアポ一つ取るのにも苦戦しました。会社名を言っても簡単にはつないでもらえず、自分たちのサービスの知名度もないので、なかなか相手にしてもらえません。そんな中でも少しずつ実績を作って会社を大きくしていき、『自分が考えて、工夫して、行動したことだけがダイレクトに結果につながる』という体験が得られました」

「その体験をもって、4度目の転職でもベンチャー企業に転職しました。きっかけは4社目に勤めていた会社が大手に買収されることになったからです。30歳のときで、営業部長として入社した5社目の会社で、年収が1000万円になりました。『30歳で1000万円』という目標はここで達成することができました」

「昨年5度目の転職をして、現在は広告ベンチャーで営業部長をやっています。32歳で1500万円のオファーをいただきました。最初の2回の転職は企業のほうから声をかけてもらいましたが、その後の3回の転職は、すべて転職エージェントや転職サイトを使って自分で見つけた会社です」

次のページ
ゴールは「企業に依存しない体質」
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら