新型コロナ、ストレスの春の防衛策 睡眠は6時間以上
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桜の開花宣言や卒業式、入学式といった春のうれしい訪れを感じるニュースも、すっかり新型コロナウイルス感染症(COVID-19)大流行の暗雲にかき消されてしまっている昨今、皆さまの心と体は大丈夫でしょうか?こんにちは、精神科医・産業医の奥田弘美です。
さて今回は、世界を揺るがしている新型コロナウイルスの影響でマックス状態となってしまったストレスを和らげるためのセルフケア術について書きたいと思います。
本連載でも何度か書いてきたように、日本の春は心身ともにストレス度が非常に高い季節です。三寒四温と呼ばれる日々の激しい気温差に加え、働きざかり世代にとっては家族の卒業や入学、就職、異動、引っ越しと社会的変化もてんこ盛り。このように変化が激しい時期は、肉体的にも精神的にも変化になじもうとして、知らず知らずのうちに自律神経に負担がかかり心身の調子が崩れやすくなります(変化ストレスによる疲労についての詳細は、「『変化疲れ』が五月病の原因に 注意すべきはこんな人」をご覧ください)。
その結果、不眠、イライラ、不安の増強、憂うつ気分といった精神的な不調や、倦怠(けんたい)感、頭痛、ひどい肩こり、胃もたれや便秘・下痢、めまい、動悸(どうき)といった身体的な不調が出現しやすくなるのです。
加えて今年の春は、新型コロナウイルス感染症まん延による世界的クライシスにより、すべての日本人に精神的なストレスが過分に上乗せされています。
日夜報道されるコロナウイルス関連ニュースや、国を挙げての集会・イベントの大規模な自粛要請、マスクだけでなくトイレットペーパー類に及ぶ買い占め騒動といった日常生活の混乱など、日本中が大きな変化の渦に飲み込まれています。本連載を読んでいただいている働きざかり世代の皆さまも、おそらく不安な気持ちを抱えながら仕事をされていることでしょう。
今春はいつもの春よりもストレス度が高いぞとしっかりと自覚し、誰もが万全のセルフケアを行っていただきたいと強く思います。
現時点で明らかになっているデータでは、新型コロナウイルスは、基礎疾患がない、健康な現役働きざかり世代が感染しても無症状~軽症の風邪症状が多く、感染者の約8割が軽症で自然治癒しています(「新型コロナ、中国7万人の患者分析 致命率高齢で高く」参照)。マスコミは若い人が重症になったレアな例を大げさに取り上げますが、日本感染症学会が2月26日に発表した「COVID-19に対する抗ウイルス薬による治療の考え方」では、「概ね50歳未満の患者(筆者注:基礎疾患や免疫抑制状態の患者は除く)では肺炎を発症しても自然経過の中で治癒する例が多いため、必ずしも抗ウイルス薬を投与せずとも経過を観察してよい」と明記されています[注1]。
そのため現在健康で元気な現役世代の働く人は、まず十分な睡眠と栄養、休息をしっかりとるという「セルフケア」を入念に行ってストレスをできるだけ和らげ、自分の持つ抵抗力を最善の状態に整えることが、感染を予防するうえでも、万が一感染した場合に軽症で治癒するうえでも、最も大切になってきます。ストレスが蓄積すればするほど、体力が落ちれば落ちるほどに、抵抗力が下がることは医学的に周知の事実だからです。
そこで本連載でも複数回取り上げてきたストレスを和らげるためのセルフケア術を改めて紹介したいと思います。
(1)良質な連続睡眠を夜6時間以上しっかりとる

夜間にしっかりと連続した深い睡眠をとることによって、体の中では様々な機能が働きフルメンテナンスが行われます。例えば成長ホルモンが分泌され体の疲れが解消し代謝が高まる一方、脳では記憶の整理や精神的ダメージからの回復が行われるほか、胸腺ではリンパ球が産生されウイルスに対する抵抗力が高まります。
昼寝や通勤時のうたた寝では、疲労回復効果はありますが、上記のようなフルメンテナンス効果は望めません。とぎれとぎれの睡眠ではメンテナンス効果が弱まるので、連続した深い睡眠を最低6時間以上、理想的には7~8時間とれるように生活を整えましょう。
ちなみに約5万7000人の女性を対象にした調査によると睡眠時間が5時間以下の人は8時間前後の人たちに比べて1.39倍肺炎になるリスクが高いというデータもあります(Sleep. 2012 Jan 1;35:97-101.)。
良質な連続睡眠をとるためには、次のNG行動は避けてください。
× スマートフォンやゲーム類、SNSなどを眠る直前まで見る
ブルーライトは睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌を抑制するため目がさえてしまいます。就寝1時間前にはIT機器から離れましょう。また他者とのネット・コミュニケーションも神経を高ぶらせて安眠を妨害しやすくなります。
× 照明やテレビをつけたままソファで寝てしまう
明るい光や雑音があると、体内時計のリズムが乱れ、メラトニンの分泌が阻害されて深く良質な睡眠が得られません。できるだけ部屋を暗くして、心地よいベッドや布団で睡眠をとるようにしてください。
× アルコールを寝る直前まで飲む
アルコールは睡眠を浅く不規則にするため、メンテナンス機能を妨げます。もし飲むならば適量(ビールなら500mL程度、ワインならグラス2杯、日本酒なら1合程度)を眠る3時間前までに飲み終えること。この程度の量ならば体内で代謝されるために睡眠への悪影響が防げます。「深酒や多量飲酒をするとコロナに弱くなる」と意識して、特に平日の飲酒量はしっかりコントロールしましょう。
[注1]「COVID-19に対する抗ウイルス薬による治療の考え方 第1版」(2020年2月26日)http://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/covid19_antiviral_drug_200227.pdf
(2)栄養バランスのとれた食事で体力・気力・抵抗力を維持

体力と気力、そして抵抗力にとって睡眠と同じくらい大切なのが、食事です。良質な栄養をしっかり摂取しないと、免疫を担うリンパ球も体調を整えるホルモン類も材料不足のため体内で作れなくなります。不安を和らげ良好な精神状態を保つためのセロトニン、ドーパミンといった脳内物質も、もちろん私たちが摂取する食事を原料にして合成されています。安易なファストフードやスナック類で食事を済ますことなく、1日最低2食は栄養バランスのしっかりとれたメニューを食べて栄養を十分に体に取り入れてください。
大まかな栄養バランスは、たんぱく質(肉・卵・魚類・大豆製品)、ビタミン・ミネラル類(野菜、海藻、果物類)、炭水化物や糖質(ご飯、パン、麺類など)を組み合わせた定食風のメニューを選ぶと整えることができます。特に肉、卵、魚類などの動物性たんぱく質には疲労回復物質が豊富に含まれていますので、できるだけしっかりと摂取しましょう。詳しい量や内容については、拙稿「ストレス・疲労に負けない食事 『赤黄緑を1:1:1』」を参考にしてください。
ちなみにコロナストレスがまん延している現在は、過激なダイエットは厳禁です。厳しすぎる超糖質制限ダイエットや断食ダイエット、単品系ダイエットなどは中止して、ゆるやかに体重が減るタイプのダイエットに変更されることをお勧めします。
(3)心身をゆったり「緩める時間」を意識して増やす

抵抗力を落とさないためには、過緊張を防ぐことが大切です。自律神経系の交感神経は俗に「活動の神経」といわれ、心身を緊張状態にしてオンタイムの活動に適した状態に体を整えます。しかし交感神経が優位な状態が続くと、全身の筋肉が緊張したままとなり脈拍も血圧も高めになって体内のエネルギーがどんどん使われます。また脳の覚醒状態が維持されるため、寝つきが悪く眠りが浅くなり、良い睡眠が取れなくなってしまいます。
日本の働く人はただでさえ交感神経が過緊張気味の人が多く、さらに3月4月は環境変化のために緊張度が高くなりやすいのですが、今年はさらにコロナクライシスにより精神的な緊張度が通常の春に比べて高まりやすくなっています。今年の春は「心身の緊張を緩める時間」をより意識して確保していくことをお勧めします。
〇平日の夜の過ごし方……平日の夜は、早めにIT機器をオフにして、ゆったりとソファに横になって心地よい音楽を聴いたり、毒気のないお笑い番組を見たりしながら、のんびりと過ごしましょう。気の置けない家族やパートナーとのゆったりとした団らんもお勧めです。
こうした心身を緩める時間は、自然な眠気を誘い深い睡眠につながっていきます。コロナ情報を扱う番組の視聴は、疲労度や緊張度が高いときは避けた方がよいでしょう。SNSでのあまり親しくない他者との交流は、精神的なリラックスを妨げることがあるため控えめにした方が無難です。
〇休日の過ごし方……休日は予定をできるだけ入れず、ゆったりと時間に縛られない生活を送りましょう。楽しい遊びの予定であっても、タイトな時間に縛られていると心の自由度が下がり、緊張度が上がりやすくなります。休日は「気の向くままに、のんびりと過ごす」のが一番リラックスします。疲れているときは自宅でぐうたらしていてももちろんOKです。気分転換したいときも、体が疲労しない程度の運動や外出がベストです。予定を入れるにしても、ゆったりスケジュールで極力時間にせかされないようにしましょう。
以上、春のストレスを和らげるセルフケア術をご紹介しました。ぜひご自身の体調維持、抵抗力アップに役立ててください。次回はコロナショックでたまりがちなストレスを発散するための方法について考えてみたいと思います。お楽しみに。
精神科医(精神保健指定医)・産業医・労働衛生コンサルタント。1992年山口大学医学部卒。精神科医および都内約20カ所の産業医として働く人を心と身体の両面からサポートしている。著書には『1分間どこでもマインドフルネス』(日本能率協会マネジメントセンター)、『心に折り合いをつけて うまいことやる習慣』(すばる舎)など多数。日本マインドフルネス普及協会を立ち上げ日本人に合ったマインドフルネス瞑想(めいそう)の普及も行っている。
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