白洲次郎 ジーンズ姿に「米国、何するものぞ」の気概服飾評論家 出石尚三

サヴィル・ロウの「ヘンリー プール」を贔屓に

紳士のスタイルもそう。たとえば、スーツはサヴィル・ロウで誂(あつら)えるものだ、とか。そのサヴィル・ロウのスーツはほとんど一生着ることになっているものだとか。

1952年、訪米を終え帰国した首相特使の白洲次郎氏(羽田空港)=共同

次郎は、サヴィル・ロウの「ヘンリー プール」を贔屓(ひいき)にしていたようです。おそらく然るべき人物の紹介で、ヘンリー プールを訪れたものと思われます。これは京都のお茶屋さんに似ており、サヴィル・ロウの一流テーラーに飛びこみで、というのは珍しい。紹介があって行くのが普通のことです。

ちなみに白洲次郎も通ったヘンリー プールについてですが、創業は1806年。初代のジェイムズ・プールがオールド・バーリントン・ストリートに店を開きました。彼は当時の軍服を縫うのに長けていて、ナポレオン三世の御用達に。たいへんなおしゃれさんで知られたウージェニー妃のお召し物も仕立てています。

その腕を見込まれて1869年にはビクトリア女王に仕える者たちの宮廷服を依頼されました。黒いヴェルヴェットのテールコートを仕立て、ビクトリア女王もご満悦であったといいます。後のエドワード七世は皇太子時代に略式の夜会服を所望されました。そこで仕立てた「テールレスイブニング」が現在のディナージャケットの前身です。

かようにヘンリー プールは王室とも縁の深い、まさに大英帝国を代表するテーラーなのです。かのウィンストン・チャーチルもまた、この店の顧客であったと伝えられています。

本場で英国紳士のスタイルの洗礼を受け、それをすっかり我が物としてしまった白洲次郎ですが、装いでもう一つ、有名なエピソードといえば、日本人ではじめてジーンズをはいた男と言われていることです。ただし、これには少し、説明が必要でしょう。

1950年、池田勇人蔵相に同行し、訪米する吉田首相特使の白洲次郎氏(羽田空港)=共同

「白洲次郎のジーンズ」の時代背景といえば、昭和25年(1950年)のことです。次郎は当時の吉田茂首相の特使として、池田勇人大蔵大臣に同行して羽田空港からアメリカに飛び立ちました。翌年の「サンフランシスコ講和会議」の下打ち合わせであったらしく、宮沢喜一大蔵大臣秘書官も一緒だったといいます。このときの次郎のいでたちはダークなスリーピース・スーツに、黒のソフト帽、小紋柄のネクタイ、というものでした。

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着るものによって相手を「のんでかかる」
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