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W杯だ!ラグビーを語ろう

One for all 宇宙ステーションから心のパス 宇宙飛行士・星出彰彦さん

2019/3/19

「宇宙に行くと地上にいるときのようなコミュニケーションは難しくなります。『この問題はあの人に相談すればいい』『この仕組みは、あの人がきっとこう考えてつくったのだろう』などと想像できるようにしておくことが非常に大事です。それがないと自分が何をやればいいのか想像できなくなる。ラグビーと同じようにチーム全体がある程度高いレベルで理解しあえていることが大切です」

――他の宇宙飛行士にラグビー経験者は。

「数は多くないんですけど、大学でやってたという宇宙飛行士はいます。女子の7人制ラグビーの米国代表経験者もいるんですよ。私が08年に1回目の宇宙飛行をした際には、ラグビーに携わっていたメンバーが他に2人いたので、一緒にパスしあいました」

――国籍や人種が異なる人々と仕事をする上で何を重視していますか。

「結局は人です。人が人をリスペクトし、共通の目標に向かう。ラグビーで言えば、チームの勝利のためにどういう貢献ができるのか、それぞれが考えていく。宇宙開発や宇宙ステーションというと先端技術というイメージがあると思いますが、それを支えているのは人。国や文化、言葉が違ったり、利害が一致しなかったりすることがあるかもしれないけれども、究極の目標が一致している中で、お互いに助け合う世界ですよね」

――宇宙飛行士の試験には3度目のトライで合格。途中であきらめようと思ったことはありませんでしたか。

「なかったですね。合格できずにいたときに知り合った方から影響、刺激を受けたこともあります。トライしたこと自体に後悔したことはまったくなかったです」

「あきらめなければ何でもかなうわけではないですが、2回目の試験で不合格になってあきらめていたら、私は今、この場にはいなかった。もちろん、ただあきらめなかっただけではなく、どうすれば次うかるんだろうとか、ちゃんと考えながらやっていました。宇宙飛行士になれなかったとしても、何らかの形で宇宙開発に携わっていたんじゃないかと思います」

――これまで観戦したなかで特に印象に残っているゲームはありますか。

「まずは『雪の早明戦』(1987年)ですね。最後のプレーのスクラムで湯気がたっていたことが強烈な印象として残っています。それから前回W杯でジャパン(日本代表)が勝った南アフリカ戦。前半開始直後から『なんか違う』と鳥肌が立って。最後の10分くらいは本当に泣きながら見ていました。ひとりで夜中にテレビをつけて、ジャパンのジャージーを着て叫んでいましたね。終わったらラグビー仲間とメールで喜び合いました」

――最近のジャパン、どう見ていますか。

「(昨秋の)ニュージーランド戦を見たとき『ジャパンはここまで来たのか』と。5トライも取りましたからね。毎年のようにティア1(日本など中堅より上の強豪グループ)と試合できて、しかもトライは取っても突き放されていくという流れではなく、トライは取られているけど食らいついている。安定感が出てきた感じです」

――ジャパンの好きなところは。

「『心』ですかね。ジャパンは体が小さいとかいろいろ言われますけど、それを補う『心』があるチームなんじゃないかなと感じています」

――来年は3度目の宇宙飛行が予定されています。宇宙からの景色にも慣れたのでは。

「慣れないですね。地球はどんなに見ていても飽きないです。ISSは90分で地球を一周するんですけど、本当に時々刻々と風景が変わるんですよ。海の上だったのが10分後には雪山の上に来て、さらに10分後には夜になるみたいに。時間があれば、ずっと窓にへばりついています」

「それと対照的なのが宇宙の暗さ、黒さ。宇宙って、怖かったんですよ。遠くに目を凝らしても底がない。吸い込まれそうな恐怖を感じました。それは地球の大切さ、地球に生かされていることを実感した瞬間でもあります」

星出彰彦
1968年(昭和43年)、東京都生まれ。92年慶応大理工卒、宇宙開発事業団(現JAXA)入社。99年に日本人宇宙飛行士の候補者に選ばれ、2001年に宇宙飛行士に認定。08年にスペースシャトル「ディスカバリー号」で宇宙へ。12年にはソユーズ宇宙船でISSに入り124日間の長期滞在。20年には若田光一さんに続く日本人2人目のISS船長として半年間の滞在を予定している。

(聞き手 天野豊文、田中裕介 撮影 瀬口蔵弘)

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