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Men's Fashion
ひと

2018/8/26

ひと

「私が東京に移ってからは、ホテルの中華料理店に呼び出されて『商社の連中が騒がしいのだが、一体我が社はどうなっているんだ?』と真顔で聞かれたこともありました。ファッションに関しては天才的でしたが、残念ながら経営にはあまり関心が持てないようでした」

――経営陣への不満を背景に、1974年には労働組合ができました。

「社外勢力が入ってくるなどして、社内が混乱しました。こうしたなか(労使協調路線の)第2組合をつくったのは私です。何者かに3度襲われ、妻子を実家に避難させたこともありました」

■アパレル最大の大型倒産

――VANは78年4月に会社更生法を申請して事実上倒産しました。当時としては戦後5番目、アパレル産業では最大規模となる大型倒産でした。

「37歳のときでした。管財人から会社に残ってほしいと説得されましたが、再建の自信がありませんでした。VANを退職した後は、ファッション業界のコンサルタントやアパレル企業の役員など、何カ所か務めました」

「起業したのは、VAN倒産から15年後でした。石津先生の『欧米にはスペシャルティーのあるドレスシャツ専門店があるが、日本にはない』と話されるのを聞いたのがきっかけです」

「今でも『先生』です。恐らく石津先生を恨んでいる元社員はいないのではないでしょうか」

――「石津先生」と呼び、敬語を使っていますね。経営者としての責任を指弾こそすれ、「先生」と呼ぶのは理解しがたいです。

「いや。今でも『先生』です。恐らく石津先生を恨んでいる元社員はいないのではないでしょうか」

「倒産後もVAN出身者の人気は高く、実は部下の再就職先は引く手あまたでした。部下の再就職を探した際も、あまり苦労せずに決まっていった記憶があります」

《連載一覧》
(1)「幻のTPP」が生んだ純国産 鎌倉シャツ、狙うは海外
(2)大切なことは全部、VANで学んだ 鎌倉シャツ会長
(4)装いは礼節の一歩 軽視して成功なし 鎌倉シャツ会長

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