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「幻のTPP」が生んだ純国産 鎌倉シャツ、狙うは海外 メーカーズシャツ鎌倉 会長 貞末良雄氏(1)

2018/8/12

メーカーズシャツ鎌倉会長 貞末良雄氏

「鎌倉シャツ」で知られるメーカーズシャツ鎌倉(神奈川県鎌倉市)は1993年に創業したシャツ専門店。25周年を迎え、糸から縫製まで全て国内工場で手がけた「純国産」のワイシャツを開発したり、米国で発明されたボタンダウンシャツの当初の姿を復刻したり、そのこだわりを遺憾なく発揮している。米国東部の学生ファッションを発祥とする「アイビー」を日本に紹介したヴァンヂャケット(VAN)でも活躍、アパレル業界で半世紀以上のキャリア持つ同社の貞末良雄会長に、シャツの過去・現在・未来を聞いた。

《連載一覧》
(2)大切なことは全部、VANで学んだ 鎌倉シャツ会長
(3)倒産しても「我が師匠」 鎌倉シャツ会長のVAN盛衰記
(4)装いは礼節の一歩 軽視して成功なし 鎌倉シャツ会長




――衣料品の輸入比率が98%に達するなか、純国産ワイシャツが関心を集めています。主力の価格は1着6900~8900円と、これまでより1~2割高価ですが、足元で品薄となる人気です。

「開発のきっかけは米オバマ政権が進めていた環太平洋経済連携協定(TPP)です。紡績、織布、縫製の3工程を国内で手がければ、米国向け繊維製品にかけられる19.7%の関税がゼロに近くなるはずでした。日本からの輸出が増えると読んだのです。そもそも70年初めに自主規制するまで、日本は繊維製品の輸出大国でした」

■国産シャツ向け素材を2年かけて開発

――米国との沖縄返還交渉で最終局面を迎えていた佐藤栄作内閣による政治決定ですね。当時は「ナワ(沖縄)をイト(繊維産業)で買う」といわれました。結果、国内の紡績工場は、ほとんどが海外に移転しました。

「岡山県総社市にユニチカの工場が残っていました。しかも驚くほど高い技術力を維持し、羽毛布団向けに極細の綿糸を供給していたのです。この技術を応用して、国産シャツ向け素材を2年かけてユニチカと共同開発しました」

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