「そこで『もしファブリーズが70%の家庭で毎月消費されるとしたら、どういうことが起きていますか』という思考実験を社内でしたんです。トライアル(試供品)を何%増やそうとか地道な戦略もあったかもしれませんが、もっと根本的なブレイクスルーを発生させたかったのです。ファブリーズを使うことが掃除のように習慣化するとどんな良いことがあるか。部屋全体が臭わなくなります。そうした意見を積み重ねて、製品の特長を『部屋の臭いをとって快適な空間にする』とスケールアップさせました」

「孫子の兵法」はマーケティングにも役立つ

――消費者調査からは出てこないアイデアですね。何か発想のヒントはあったのですか。

資生堂ジャパンCMO時代、講演する音部氏

「いずれも、英国の軍事評論家リデル・ハートの著書『戦略論』で書かれている間接アプローチという、正面衝突を避ける方法をマーケティングの世界で実行した例なんです。孫子で言えば『兵は詭道(きどう)なり』(状況に応じて作戦を変え、敵の目を欺くこと)ということです。『孫子の兵法』はマーケター(マーケティングに携わる人)におすすめです」

――音部さん自身もマーケティングに関して、「パーセプション(認識)・フロー・モデル」という独自の手法を考案されています。どういう考え方ですか。

「消費者の認識の変化に着目したマーケティングの設計図です。広告の世界では『AIDMA(アイドマ)』や『AISAS(アイサス)』と呼ばれる、消費者が商品の存在を知ってから購買するまでの行動を追いかける手法が有名です。注意、関心、欲求、購買といった流れですね。しかし、私は行動の背後にある認識こそが一番重要だと考えました。ブランドとは認識で考えるべきものです。どこで買ったとか、スマホで口コミ情報を見たとか、行動だけを追いかけても意味はありません」

「さらに、認識を変化させるためにどんな知覚刺激が必要かを考えていきます。例えば、美容クリームは灰色に近い白、クリーム色、真っ白、どれがよいか。クリーム色は『リッチ』なイメージを抱く人が多いでしょう。単に色素の違いなのですが、これも消費者に与えられるメッセージの一つです。パッケージ、店頭施策、価格設定、研究開発に至るまで全ての施策がこの設計図に含まれます。この設計図を共有しておけば全体像がわかりますから、部門が異なってもそれぞれの役割が明確になります」

――資生堂に移ってからは、一つ一つの商品のマーケティングだけでなく、組織改革を実施したそうですね。どんな改革を実施したのですか。

「資生堂はよいマーケティングをやっていたと思いますが、再現性がありませんでした。一般的に日本の会社でありがちなのが、仕組みがなく、マーケティングが属人化していることです。仕組みがわかっていなくてもヒットを出せる天才はたまにいますが、大多数の人は違います。天才でないなら、きちんと考えられた戦略のもと、できる限りの予測をしておく必要がある。マーケティングはなぜかアートっぽい雰囲気をまといやすいのですが、仕組み化し、組織で勝てるように改革していきました」

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CMOは1社に1人いる必要はない