東京JAZZ ジャズ100年の歴史、豪華な顔ぶれで
2016年の終演時に予告された通り、17年から東京JAZZの会場は丸の内から渋谷に移った。丸の内はビジネス街だが、渋谷は巨大な繁華街だ。週末のにぎわいは日本一かもしれない。そんな街で、第16回東京JAZZが9月1日から3日間にわたって開かれた。
NHKホールをメイン会場に、合計8カ所のクラブや特設会場などで、様々な演奏が繰り広げられた。地域で分ければ、NHKホール周辺と渋谷駅周辺とに大きく分けられる。両地域はかなり離れている。東京国際フォーラム周辺に限られていた丸の内時代と違って、気軽に徒歩で行き来できる距離ではない。渋谷は坂の街でもあり、イベント全体を楽しむには、まず移動の困難が立ちはだかった。
大勢の人であふれかえる週末の渋谷で、しかも「ジャズ」というテーマで、イベントのイメージを集約させるのはなかなか難しい。渋谷駅周辺の会場もたくさんの観衆でにぎわったようだが、それでも渋谷という大きな器の中では、ピンポイントの出来事といわざるを得ない。
そんなわけで、イベントの中心はおのずと渋谷駅から坂を登った先にあるNHKホールに集約された。ホール前には代々木公園の一部になるケヤキ並木の大きな空間があり、フェスティバルならではのにぎわいも演出された。たくさんの屋台やブースが並び、さらに昨年までのように特設ステージも設置され、海外ミュージシャンを含め、様々な演奏が無料で提供された。これは丸の内時代に生まれた東京JAZZならではの楽しい伝統の継承だ。
ただ、ひとつ残念だったのは、特設ステージの演奏が夜8時で終わり、楽しい夏の夜のお祭り気分が早々とクローズされてしまったことである。本会場のNHKホールが終演した後、すっかり寂しくなったケヤキ並木を歩かなければならなかった。
さて、その本会場である。今年のプログラムの焦点は、何といっても挟間美帆がディレクションしたジャズ・レコード100周年を記念したステージだろう。1917年にニック・ラロッカによるニューオーリンズ・ジャズのレコードが録音、発売された。それから現在まで100年にわたるジャズのスタイルの変遷を簡単にたどったものだ。出演者が何とも豪華で、楽しめるステージだった。
ニューオーリンズ・ジャズの原点でもあるマーチング・バンドの登場で幕を開け、バンドが客席の間を練り歩いた。次のスイング時代はダンス・チームが舞台に彩りを添える。さらにビ・バップからクール・ジャズ、フリー・ジャズ、現代へと続く各時代は、それぞれ日野皓正、リー・コニッツ、山下洋輔、コーリー・ヘンリーといった名人級のソロイストが登場して、客席を大いに沸かせた。しかもバックを務めるビッグ・バンドは名門といえるデンマーク・ラジオ・ビッグ・バンド。実にゴージャスで、国際色も豊かな楽しい時間となった。
ジャズの歴史回顧という観点でいえば、興味深い共通点があった。渋谷移転後のホール公演のトップバッターとなった2日昼公演の山下洋輔は、東京JAZZ初出演でもあったのだが、自身の長い活動歴の中でひとつのターニング・ポイントとなった1981年のアルバム「寿限無」を再演するという趣向のステージだった。
3日夜公演のラスト、つまり第16回東京JAZZの大トリを飾った渡辺貞夫のプログラムは、日本のジャズ・アルバム最大のヒット作でもある「カリフォルニア・シャワー」(1978年)の再演という企画だった。
「再演」と称してはいても、山下グループはメンバーを一新し、類家心平(トランペット)をはじめ現代の先鋭をそろえた熱いステージだった。渡辺貞夫も1978年当時の重要な協力者デイブ・グルーシンを招きながらも、「カリフォルニア・シャワー」をそのまま再現するのではなく、他の作品からの曲を自由にセレクトしながら、トータルとして渡辺貞夫の世界を表現する形になっていて、このあたりはいかにも当たり前を嫌う渡辺貞夫らしいステージとなった。
フュージョンということでいえば、チック・コリアとスティーブ・ガッドのニュー・バンドは、どこかかつてのコリアのマッド・ハッター時代を思い起こさせた。アル・ディメオラやリー・リトナーといった人気ギタリストの出演は、フュージョン・ファンには大満足だっただろう。多少違和感があるにしても、伝説的なパット・マルティーノの参加も、ギター・フリークにはとりわけうれしい出来事だったに違いない。
こう振り返ると、今年はアコースティック・ジャズの少なさが気になるが、それをカバーして余りあったのが、ベースの重鎮ロン・カーターのカルテットとイスラエルのシャイ・マエストロ・トリオであった。新旧の違い、表現世界の違いはあるが、どちらも真摯に音楽と向き合い、緻密で濃厚な味わいのあるジャズの王道と言いたくなる世界だった。
(音楽評論家 青木和富)
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