鉄緑会は灘高OBが仲間とスタートしたという

灘高や筑駒は、自由な校風で生徒の自主性を重視しており、塾の存在にも寛容だ。灘高の最寄り駅のJR住吉駅には「鉄緑会」の大きな看板が目立つ。鉄緑会の初期メンバーだった冨田氏は「確かに当初の講師は大半が灘やラ・サール(鹿児島市)出身の東大医学部や法学部の学生でした」という。

冨田氏も1988年に東大理三に入学し、在学時代に鉄緑会の講師となった。そもそも鉄緑会という名称は東大医学部の同窓会組織「鉄門倶楽部」と同法学部の同窓会組織「緑会」から由来する。ただ、「90年前後には理三の合格者は1人ぐらいしかいなかったが、段々増えてきた」(冨田氏)という。冨田氏ら優秀な講師陣が、90年代に独自の教材やカリキュラムを作成し、東大理三を頂点とする難関大学医学部などの合格者を増やしてきた。

東京校の場合、講師はほぼ全員が東大生か東大卒業生だ。210人の講師のうち、東大医学部は115人、同法学部28人、同大学院は51人。「別に東大に限定していませんが、ペーパー試験、面接、模擬授業と厳選した結果、結果的にこんな講師陣となった」(冨田氏)という。一方で大阪校は「やはり京都大学医学部や大阪大学医学部の学生講師が多い」という。

生徒、講師で12年間「鉄緑会」

それにしても冨田氏は医学部を卒業したのに、なぜ塾の先生になったのか。「もちろん一度は医者になりましたが、教える方が性に合っていた。実は12年間、ずっと鉄緑会という人もたくさんいます」という。中学1年に鉄緑会に入会、生徒として6年間学び、東大理三に入学して6年間過ごす過程で、次は鉄緑会の講師として6年間教える、生徒・講師として計12年間を鉄緑会で過ごした人が数多く存在する。実際、鉄緑会の講師の7割は鉄緑会出身だ。

「鉄緑会の最大の強みは東大理三など難関校に合格した先輩が懇切丁寧に教えること。直近の経験が生き、説得力がある。ほかの塾や予備校ではベテラン講師が重宝がられるが、鉄緑会は生徒よりちょっと年上の若手講師が中心です」と冨田氏は語る。

2016年に桜蔭高校から東大理三に合格した女子学生は「桜蔭の先生とは違い、鉄緑会は講師といっても友人のような感覚。だから何でも気軽に質問できた。結果、憧れの講師の本当の後輩になれた」という。

鉄緑会で教えていた東大医学部4年生は「実はアルバイト料は通常の進学塾と比較できないほどいい。ただ、バイト料よりも教えるのが好きだから講師をやっている人が少なくない」という。

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