富士フイルムに学ぶ 脱「イノベーションのジレンマ」スタンフォード大学経営大学院 オライリー教授に聞く(3)

世界でもトップクラスの教授陣を誇るビジネススクールの米スタンフォード大学経営大学院。この連載では、その教授たちが今何を考え、どんな教育を実践しているのか、インタビューシリーズでお届けする。今回はチャールズ・オライリー教授の3回目だ。

スタンフォード大学経営大学院 チャールズ・オライリー教授

多くの日本企業はイノベーションのジレンマに陥っているのは事実だが、そこから脱却した企業もあるとオライリー教授は言う。その1つが富士フイルムだ。日本企業病ともいわれるイノベーションのジレンマをどのように脱したのだろうか。(聞き手は作家・コンサルタントの佐藤智恵氏)

富士フイルムの脱却手法は「第三の道」

佐藤:著書ではイノベーションのジレンマから脱却した企業の代表例として、富士フイルムをあげています。

オライリー:富士フイルムは「両利き経営」のお手本のような企業だと思います。古森重隆・最高経営責任者(CEO)は、写真事業からの多角化を進めるために、次の3つの新領域に進出していくことを決めました。

*既存の組織能力+新市場 =「既存のテクノロジーや組織を生かしたら、どんな新規事業ができるだろう」
*新しい組織能力+既存市場=「新しいテクノロジーを開発し、新しい組織をつくったら、既存の市場でどんな事業ができるだろう」
*新しい組織能力+新市場=「新しいテクノロジーを開発し、新しい組織をつくったら、どんな新規事業ができるだろう」

富士フイルムは、既存のテクノロジーを生かすとともに、その延長上に新しいテクノロジーを開発し、必要な人材を育成し、採用し、新しい市場に進出していったのです。これはとてもよい事例だと思います。

佐藤:富士フイルムは構造改革を徹底して推進するために、大胆なリストラを敢行しました。イノベーションのジレンマからの脱却は痛みを伴うということでしょうか。

オライリー:古森氏は第三の道を選択したと思います。終身雇用制を守るために、エンジニアに新しい分野に必要な知識を大学院で学んでもらうなど、社員の人材育成を積極的に推進しました。その一方で、いくつかの部門では希望退職者を募り、人員を削減しました。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

佐藤:なぜ古森氏は、これほどの構造改革を実施できたのでしょうか。

オライリー:2つあると思います。1つは、彼はヨーロッパに駐在していましたから、グローバル企業の経営方法をよく理解していたこと。もう1つは、他の日本企業の経営者とは違って、彼には、大多数の合意を得られなくとも決断する勇気があったことです。

佐藤:富士フイルムの他にも、成功した日本企業はありますか。

オライリー:たくさんありますよ。たとえば、JSR(旧社名・日本合成ゴム)。JSRは多角化と事業構造変革に成功した企業として有名です。JSRはもともと、合成ゴム事業からスタートした会社でしたが、「この技術を化学製品全般へと広げていけるのではないか」と考え、多くのイノベーションをおこしてきました。現在では半導体から医療用具まで、幅広い分野に進出しています。

中小企業こそ脱却できる

佐藤:「我々は既存事業の維持に精いっぱいで、新規事業に投資する人も金も限られています」という中小企業の経営者もいます。こうした経営者にどのように助言しますか。

オライリー:中小企業であってもイノベーションのジレンマから脱した企業は数多くありますよ。ただし、中小企業の経営者は、テクノロジーや製品の観点からイノベーションをとらえる傾向にあります。そこが問題なのです。

イノベーションの本質は「わが社の強みを生かして、新しいビジネスを立ち上げられるか」ということであり、「新しいテクノロジーや製品を生み出せるか」ということではありません。どれだけ新しいテクノロジーを開発したとしても、ビジネスとして展開できなければ、企業は成長しません。破壊的技術をコアとしたビジネスを立ち上げて、はじめてイノベーションのジレンマを解決したことにはなるのです。

佐藤:小さな企業が、人も金もない中、破壊的イノベーションを起こして、大企業を打ち負かした例はありますか。

ブロックバスターを打ち負かしたネットフリックス

オライリー:ブロックバスターとネットフリックスの例があります。ブロックバスターはかつて一世風靡した大手ビデオレンタルチェーンです。1985年の創業後、店舗数をどんどん増やし、90年代には、アメリカ市場をほぼ制していました。

そこに97年、ネットフリックスが登場します。同社はブロックバスターとの差別化を考え、宅配ビデオレンタルを始めました。ところがストリーミングビデオが台頭してくると、「宅配ビデオレンタル事業も持続できないのではないか」と考え、新たに映像配信事業を立ち上げました。

さて、その後、どうなったか。ブロックバスターは2010年に破綻。ネットフリックスはいまも成長を続け、2015年には売り上げ6000億円を記録しています。

佐藤:ブロックバスターは、2000年、ネットフリックスからの買収提案を断ったそうですね。買収していたら、全く違った結果になっていたかもしれません。

オライリー:2000年当時、ブロックバスターの売り上げは5000億円を超え、さらに成長し続けていました。ネットフリックスが「我々を買収したら映像配信事業もできますし、宅配ビデオレンタル事業もできますよ」と提案したとき、ブロックバスターの経営陣はこう考えて断ったのだと思います。「新しい店舗を出店すれば、確実にもうかるのはわかっているのに、わざわざ宅配ビデオレンタルなんてやる必要あるのか。もしかしたら、市場を食い合ってしまうのではないか」と。

佐藤:イノベーションのジレンマから脱せなかった企業の代表例ですね。ブロックバスターの経営陣は、なぜ先見の明がなかったのでしょうか。

オライリー:アメリカ企業の経営者は、短期的な利益を重視する傾向にあるからです。そこが長期的な視点からビジネスを考える日本企業の経営者とは違うところです。日本企業なら「新しい店を出店するのもいいが、映像配信事業も少しやってみて結果をみてみよう」と考えたかもしれませんね。

じっくり人材育成できるのが日本企業の強み

佐藤:そうは言っても、多くの日本企業はイノベーションのジレンマに陥っているといわれています。日本企業はジレンマから脱却できるでしょうか。

オライリー:もちろんできます。日本企業にはたくさんの強みがあります。日本には素晴らしいテクノロジーがあります。要はそのテクノロジーを新規ビジネスとして生かせるかどうかなのです。

そもそも日本企業はイノベーションを起こすのは得意なはずです。なぜなら、社員に投資するからです。終身雇用制のもと、長期的な視点で人を育てようとします。一般的にアメリカ企業は人に投資しません。化学系のエンジニアを家電部門に異動させ、家電について大学院で学ばせるなんてことはやりません。そんなことをすれば、大学院修了後、よりよい賃金や職場環境を求めて、競合会社に転職してしまうかもしれないからです。

日本人社員はできる限り同じ企業で働き続けたいと思いますから、その心配はあまりありません。イノベーションをおこすのは人なのですから、じっくり人材育成できる、というのはとても大きな強みなのです。

※オライリー教授の略歴は第1回「日本企業必見!『イノベーションのジレンマ』解決法」をご参照ください。

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