PlayStation VRの発売から約1カ月。現在40近いタイトルが発売されているが、中でも高い人気を誇るのが、プレーヤーが家庭教師としてVR(仮想現実)キャラクター・宮本ひかりと交流する「サマーレッスン」だ。前回に引き続き、「サマーレッスン」開発チームプロデューサーの原田勝弘さんに話をうかがい、発売後の反響やVRの未来について語ってもらった。
SNSで多い反応は「ヤバイ!」
──話題を集めている「サマーレッスン」ですが、実際に発売されてからの反響はいかがですか。
発売前も東京ゲームショウなどで体験した人の意見を聞いていましたが、それでもやはり体験できる人数が圧倒的に少なかった。VRは「体験」なのでプレー映像だけを見ても魅力が伝わりにくく、発売までは体験者がほとんどいない中でキーワードだけが広まっている状況でした。
発売後、「サマーレッスン」をプレーしている人を撮影した実況動画がネットにアップされていて、それがよく見られているのは意外でしたね。HMD(ヘッドマウントディスプレー)を着けて驚いている様子や、反射的にお辞儀をしている姿がおもしろがられ、拡散されている。
SNSなどを見ていてとにかく多いのは「ヤバイ!」という反応です。その言葉の裏にあるのは「本当にひかりちゃんがいるみたい」という、VRキャラクターの実在感への驚きです。また、「外したあとの喪失感が大きい」という意見もありました。ゲームなので何かを失ったわけではないけれど、VR空間から現実世界に戻ってくるとさっきまでいた時間が失われたような気がしてしまう。視覚と聴覚をジャックするVRのすごさを改めて感じました。
VRとAIはすごく相性がいい
実際、VRが心理的に与える影響力は大きく、メンタルケアの分野でも研究が進んでいます。海外では、戦争体験により心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症した兵士に、VRで戦争を追体験させることで病気を克服する治療がすでに行われているそうです。
さらに進化していけば、もっと幅広い可能性が考えられます。たとえば生前に父親や母親の思考パターンをAI(人工知能)に入力してVR上にデータを作っておけば、亡くなった時の喪失感を軽減できるし、死後も相談や会話ができるかもしれません。そういう意味でいうと、VRとAIはすごく相性が良いですね。
──「サマーレッスン」の宮本ひかりにもAIは搭載されているとうかがいました。
「サマーレッスン」の宮本ひかりに搭載されているAIはごく簡単なものです。IBMのワトソンやGoogleが開発しているAIなどとつながれば、情報を蓄積して個人との関係の中で人格が変わったり、親密になる中でお互いの秘密を共有することができるようになるかもしれない。そうなると、概念的には本物の人間との違いがなくなっていきますよね。今はまだその入り口にすぎないけれど、たとえば半世紀後はどうなっているかわからないと思います。それもVRに関わる面白さですね。
ビジネスパーソンこそ体験すべきVRの可能性
このように、VRはゲームやエンタメの分野だけではなく、もっと様々な分野で実用的な価値を持ちはじめています。「サマーレッスン」をはじめとするVRタイトルのことを「ゲーム好きのためのコンテンツで、自分には関係ない」と考えている人もいるかもしれませんが、僕はビジネスパーソンこそVRを体験すべきだと思います。
実際、先日、中国でVRのセミナーを行った時は、ゲーム業界以外からもたくさんのビジネスパースンが訪れていました。多かったのは医療と不動産関係。医療ではロボットアームを使った外科治療ですでに使われていますし、不動産では例えばモデルルームにVRを導入しようと考えている。
──東京ゲームショウ2016で、VRヘッドセット「Vive」を販売しているHTCの玉野浩社長に話を聞いたときも「ゲーム以外の分野からの問い合わせも多い」と言っていました。「マンションのモデルルームの見学、車や旅行会社によるオプションの体験など、VRには様々な可能性がある」と。
それ以外にも、避難経路の確認や機械のオペレーションといったイメージトレーニングにも効果を発揮するでしょう。
僕がほしいと思うのは、出張中にあたかも部屋に帰ってきたように感じられるVR。技術的には360度カメラを2台設置してVRのヘッドセットを装着するだけで、まるで子どもが目の前で走り回っているように見えて、臨場感のある体験ができる。FaceTimeやSkypeよりもずっと癒やされますよね。現在はまだ画質も粗いですが、通信技術が発達していくにつれてどんどん改善されていくでしょう。この技術は開発されれば老人ホームでも使われるでしょうし、これから需要が伸びてくると思います。
今、VRに関する情報は様々にあふれていますが、僕自身が「鉄拳」VRの失敗から「サマーレッスン」を作ったように、実際に体験したかどうかでその認識はまったく変わってきます。「そういうことか」と納得することもあるだろうし、自分の想像の及ばなかったことにも気付くでしょう。
一度VRを体験すれば、みんな新たな可能性を感じるはず。そして「自分の仕事に応用できることがあるんじゃないか」と絶対に考える。単なるゲームのことだと思わずに、未来の可能性を見てほしいですね。この記事をここまで読んで、それでも「VRを体験しない」というのは、ビジネスパーソンとして失格だと思いますよ(笑)。
(ライター 小沼理=かみゆ)